2009年10月アーカイブ

2009年10月31日

院長日記

医師、ヘルパー、医療労働者、老人会の集まりで

今日は、いくつかの団体でのごあいさつに加えて、医師、ヘルパー、医療労働者、老人会での懇談がありました。

本来社会保障は「高福祉・低負担」のはずだ(私は「高福祉・応分の負担」と言っている)。
どうやって医師を北部へ送るのか?
どうやって選挙に勝つつもりや?
もっと露出しろ!(目立て!)

美容院へ行くのをヘルパーに手伝ってほしい(介護保険では認められていない行為だが、都道府県で一定解釈の「幅」がある。ちなみに自立支援法ではヘルパーの仕事として認められている)。
介護労働者の待遇を改善してほしい。

財源を明確にすべき。
子育て支援をしっかりと進めてほしい。

入所施設を増やしてほしい。

それぞれの職種や団体の個性があらわれた、とても書ききれない、書けないことも含めてたくさんのご質問、ご意見をうかがいました。
私なりにお答えしたつもりですが、こうした懇談は大変勉強になりますので、さらに懇談を重ね、またいろいろと考えてマニフェストに活かしたいと思います。

心地よい頭の疲れとバランスがとれるように、御所のまわりを2周(=8km)走って、今日はお休みです。
2009年10月31日

皆さんのコメント

知事の大役が本当に医者で務まるの?

「まこりんさん」はご理解いただいたようですが、一般的には出てきて当然のご意見だと思います。

私自身は政治家になるつもりで医師になったわけではありませんし、議会の傍聴もしたことがありません。ましてや知事が府庁でどのような仕事の仕方をしているのかも知りません。

しかし私はトップの最も大切な仕事は、その組織の理念や基本方針をしっかりと職員に伝え続けることだと考えています。大きな判断はトップがしなければならないでしょうが、現場の仕事は職員がやっているわけです。また専門的な仕事はその道の専門家がやるわけです。府庁にはこうした有能な職員がたくさんいるはずです。

私は病院長として、病院運営をそのように考えてやってきています。法人の理事長もしていますが、診療所、介護事業所の運営も同じです。看護部長、事務長、専務などと一緒に大きな方針を考え、職員と問題意識を共有し、さらに方針を練り上げて決めていきます。

私の法人の収益は約50億円、京都府の予算規模は約1兆円。200倍の差はありますが、「ひと・いのちが大切」「一人一人の能力が最大限に発揮できる社会」「地域住民主権」という理念・基本方針をはずさなければ、今よりはるかに府民の要求に合致する政治ができるのではないかと思います。

ましてやどんな選挙でも、有権者の最も関心の高い項目の第一は、医療・介護を含む社会保障なのです。何せ医師不足ですので、私は管理者であるだけでなく、一人の医師としての役割を果たさなければなりません。医療・介護分野の現場で起こっていることを実感する立場でもあるわけです。
2009年10月30日

医療

デスカンファレンス

と書くと、デスカンファレンスって何? と言われそうです。

デス(death)=死亡、カンファレンス(conference)=協議会・検討会なので、死亡患者の検討会のことです。
私の病院では、亡くなられた方は毎週金曜日の夕方に、全員の経過が主治医から報告され、検討されることになっています。今日は対象者が4人でした。
私は他の用事があり、3人目まで参加しました。

3人は、それぞれ70歳代、80歳代、60歳代の方でした。
1人目の方は、肺炎は治癒したものの腎盂腎炎から敗血症になり死亡され、2人目の方は重症の肺気腫で呼吸不全により死亡されました。この2人は経過が長く全身状態がよくない状態が続いたので、DNAR指示がでていました。

DNAR (do not attempt resuscitation) は、狭義の終末期にある患者に対し、本人(または本人の意思が推定できる場合はその意思に基づき家族等)の希望で心肺停止時に心肺蘇生術を行わないことを指します。この指示は、担当医1人の判断にならないよう、私の病院では複数の医師と看護師の合意がないと出せない仕組みにしています。

もう1人は、原因がはっきりしない急激な病状変化で蘇生処置をしたものの亡くなられた方でした。この方を含めて2人の方の剖検(死体解剖)が行われました。最近は診断機器の進歩により死因が分からないことが少なくなってきたこと、家族の方の承諾が得にくくなっていることから、なかなか剖検をすることが少なくなってきただけに、1週間で2人の剖検は珍しいです。

カンファレンスでは、診断、治療方針が正しかったのか、DNARは正しい手順でとられていたのか、教訓とすべきことは何か、などいろいろと話がなされます。こうした話し合いが、明日以降の診療の中に活かされるわけです。大切なことなので、今はデスカンファレンスやDNARの仕組みを持っている病院が多くなっています。

何年たっても、こんな例は初めてだ、こんなこともあるのか、と思うことがしばしばあります。
集団の検討は極めて大切です。
2009年10月29日

院長日記

前原国土交通大臣の脱ダム宣言

今日たまたま昼前に、入院患者の診察のために病棟へ行ったところ、テレビに前原国土交通大臣が写っており、答弁をしていました。

八ッ場ダム、川辺川ダム中止は必要。この間国が中止を決めたダムだけでなく、すべてのダムを見直し、地元住民の意見を聞いて、しっかり精査していきたい。大要そんな発言だったと思います。

であるならば、あらためて宇治の天ヶ瀬ダムや京丹波町の畑川ダムは中止すべきだと思います。先日視察した天ヶ瀬ダムは、不必要であるばかりか有害でさえある、そのことはこのブログで10月15日「天ヶ瀬ダムを見てきました」にも書きました。

ムダをなくしてそのお金を府民生活に、これは「コンクリートから人へ」をめざす政治であれば、当たり前の考えだと思います。
2009年10月29日

院長日記

左京連絡会事務所開設

2009年10月26日

院長日記

田辺団地

2009年10月25日

院長日記

乾御門(いぬいごもん)

2009年10月24日

院長日記

東一口

2009年10月21日

皆さんのコメント

けんちゃんさんの「介護サービスについて」のご質問にお答えします

質問は、「同じ金がかかるなら、在宅より入院の方が良い、となってしまいます。在宅生活を勧めるならば、サービスの利用者負担減が必要だと思いますが、門さんはどうお考えですか?」というものでした。

私は、在宅か入院・入所かは、本人および周囲の意向で決めるべきものだと思います。

実は私の母もいろいろな病気があり、リハビリ目的で私の病院へ入院したのですが、2回の感染症による悪化があり、ようやく本日退院になりました。といっても結局入院前よりADL(日常生活動作)は低下しており、父との2人暮らしですからとても心配です。父は、「本人が帰りたいというので連れて帰る」という意見です。

私の病院でもそうですが、「連れて帰りたいと思ってもみな働きに出ていて無理」という家庭も多く、独居の方、高齢夫婦でとても介護できない方など、在宅生活そのものが不可能な方が増えており、少子高齢化の進行で今後さらに増えると思います。一方で、入院ベッドは減らされ、入院期間も短縮の一途です。

私は、在宅を望む方はその思いがかなうようにしますが、特別養護老人ホームなどの施設を増やすこと、高齢者が住みやすい住宅の建設(既存の住宅活用を含む)などで、無理に在宅生活を強制しない方がいいと思っています。こうした施設・住宅へ、訪問診療・往診などで医療のサポートをしていきます。

費用負担は、「高福祉・応分の負担(必要な福祉・能力に応じた負担)」の考えに基づきます。所得に応じた税金や保険料負担で、しっかりとした社会保障制度をつくっていきたいと思います。

ちょっと理想的すぎるでしょうか?
2009年10月19日

院長日記

流れ橋

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