11月20日〜22日までは丹後、舞鶴、与謝へ行きました。
20日は午前中の診療を終えてまず丹後へ。3回目の丹後入りです。
午後7時30分から始まった「丹後の再生をめざす集い」は9時30分まで続きました。丹後をとりまく厳しい状況があるため、質疑の時間では切実な声や要望が寄せられました。
農家からは、鳥獣被害の深刻さや農家の数が減っているために一部の農家に水路管理などが集中する問題など。建設業からは、京丹後市による住宅改修制度の有益性とともに「公共事業」の少ない現状報告。教員からは高校入学希望者を無理なく入学させるための建設的提案。地域住民からは与謝の海病院へ脳神経外科手術を復活させた運動の歴史。共同作業所からは障害者自立支援法の矛盾。市の職員からは合併特例の交付金措置を継続させる(地方へ金をまわす)取り組みの要望など。過疎地域からは現状の生々しい報告。
「マニフェストに向けての私の考え」に基づいてお答えしましたが、終わった後も関係者とやり取りをするなど、たくさんの宿題をいただいた集いになりました。
丹後の別の集まりでは、「農林漁業で食べていけるようにしてほしい」という強い要望が出されました。
また医療関係者との懇談では、広大な京丹後市に診療所は実質10カ所前後しかないこと、4つの病院(2つが京丹後市立)には診療所の役割も求められ総合的な力量を持った医師が必要なこと、医師の招聘には大変苦労していることなど、厳しい実態が述べられました。
私は、大学医局だけに頼らず京都のあらゆる医療関係者の力(オール京都)で医療崩壊をたてなおす考えを示し、理解をえました。また京都府が11月に発表した「丹後地域医療再生計画(案)」は、相変わらずの「箱物(はこもの)」計画であり地域医療を担う医師を生み出す計画がないこと、医師の主体性を尊重した配置計画がないことを話しました。
「コンクリートから人へ」は分かりやすいスローガンです。これからの医療も箱物(ハード=コンクリート)から地域医療を担う医師養成(ソフト=人)への時代です。
20日は午前中の診療を終えてまず丹後へ。3回目の丹後入りです。
午後7時30分から始まった「丹後の再生をめざす集い」は9時30分まで続きました。丹後をとりまく厳しい状況があるため、質疑の時間では切実な声や要望が寄せられました。
農家からは、鳥獣被害の深刻さや農家の数が減っているために一部の農家に水路管理などが集中する問題など。建設業からは、京丹後市による住宅改修制度の有益性とともに「公共事業」の少ない現状報告。教員からは高校入学希望者を無理なく入学させるための建設的提案。地域住民からは与謝の海病院へ脳神経外科手術を復活させた運動の歴史。共同作業所からは障害者自立支援法の矛盾。市の職員からは合併特例の交付金措置を継続させる(地方へ金をまわす)取り組みの要望など。過疎地域からは現状の生々しい報告。
「マニフェストに向けての私の考え」に基づいてお答えしましたが、終わった後も関係者とやり取りをするなど、たくさんの宿題をいただいた集いになりました。
丹後の別の集まりでは、「農林漁業で食べていけるようにしてほしい」という強い要望が出されました。
また医療関係者との懇談では、広大な京丹後市に診療所は実質10カ所前後しかないこと、4つの病院(2つが京丹後市立)には診療所の役割も求められ総合的な力量を持った医師が必要なこと、医師の招聘には大変苦労していることなど、厳しい実態が述べられました。
私は、大学医局だけに頼らず京都のあらゆる医療関係者の力(オール京都)で医療崩壊をたてなおす考えを示し、理解をえました。また京都府が11月に発表した「丹後地域医療再生計画(案)」は、相変わらずの「箱物(はこもの)」計画であり地域医療を担う医師を生み出す計画がないこと、医師の主体性を尊重した配置計画がないことを話しました。
「コンクリートから人へ」は分かりやすいスローガンです。これからの医療も箱物(ハード=コンクリート)から地域医療を担う医師養成(ソフト=人)への時代です。








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