一番恐れていた集会でした。私のすべてを知っている妻と一緒に出る最初(で最後?)の集会です。
冷や汗の出る妻の話を聞きながら、立候補を決めた時のことを思い出しました。妻の言うとおり、自分で立候補を決めてから子どもたちに話をしました。何せ中村や鈴木ではなく「門(もん)」ですので、すぐに家族であることは分かってしまいます。そういう意味では家族にも、職場にも迷惑をかけながら立候補をすることになります。
しかし私がいろいろな資料を家へ持って帰り、勉強しているところを見ながら、子どもたちも理解してくれてきています。
リハビリテーションを専門にしているので、他の診療科の医師よりは生活のことを知っているだろう
と自負していましたが、何の何の、知らないことばかりであることを思い知らされたのが、この間の各地域を訪問しての実感です。
今日も「立候補をして印象的なことは何ですか?」と聞かれたときに答えましたが、
昨年夏立候補表明直後の 京丹後市で「1年前に比べて売り上げが87%落ちました(前年の13%しかない!)」という機械金属工場を経営している人の言葉です。絶句して何と答えていいか困りました。
今は固定費の援助などの一定の回答は持っていますが。
京都府は、人口1,700人の笠置町から147万人の京都市(政令指定都市に人口の半分以上が住んでいる都道府県は京都府以外にありません)まで、地域によりかかえている問題は全く違います。医療で言えば、救急車で運ばれた患者とメタボで来院する患者と治療方針が異なるように、各地域で処方箋は異なります。
現場がすべてです。市町村や京都府の職員が現場と一緒になって各地域の再生・発展に努める中で、はじめて行政への信頼がえられると思います。
あらためて、そんな府政をつくりたいと思いました。








コメントする