最近の集会はいろいろと工夫がされていますが、今日の乙訓の集会は、その凝り方という点では、なかなかのものでした。
太鼓、合唱、コント、祭り、訴え、・・・。
思わず見とれているうちに、私の出番がやってきたという感じでした。一体準備にどれだけ時間をかけたのでしょうか?
最近は、集会にはほとんどアドリブで臨むことにしていますが、今回もその場の流れで話しをしました。
マニフェストの内容よりも、その根底に流れているものを中心に話しました。
私の根底にあるのは、「いのちの平等」「暮らしの再生」、それが保障されない構造改革による「格差と貧困」の解消です。
京都府として財源を確保し、やれることは徹底的にやりますが、最終的には国として財源を確保すること、それを応分の負担(負担能力に応じた税制の確立)で行うことに行き着きます。
ムダを省けばマニフェストは実現できると言った、現政権の責任は大きい。しかしもっと財源が必要であれば、いきなり消費税ではなく、減税の恩恵を最も受けてきた大企業や大資産家・高額所得者が負担する、応分の負担を求めるのがスジではないでしょうか?
そのことを強く主張する知事として働きたいと思います。








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