2010年8月アーカイブ

2010年8月28日

政策

関西広域連合

今日の朝日新聞、読売新聞などで取り上げられていました。27日の関西広域機構の会議で、2府5県(大阪、兵庫、京都、滋賀、和歌山、鳥取、徳島)の知事が、それぞれの議会に規約案の提案を目指すことを確認した、とのことです。


釈然としないのは、記事を読み、機構のホームページや京都府のホームページを読んでも、そのメリットが充分理解できないからです。


国の出先機関からの権限委譲の受け皿になる。

防災、観光、産業振興、医療、環境保全、資格試験などの事業を共同化することで、効率的に運営できる。

・・・


医療で言えば、ドクターヘリの広域運航、救急医療連携計画の策定などですが、これらは広域連合をつくらなくても、連携だけでやれますし、その方が実際的でしょう。

ちなみに、京都府のパンフレットでドクターヘリの宣伝をさかんにしています。ドクターヘリは重要な取り組みですが、頻度でいえば府県境の現場で頻繁に生じている問題は、府県をまたがる救急車の搬送や患者の行き来です。府県と広域連合は二重行政にならない、ということになっていますが、特にこうした2つの府県間の問題は広域連合では検討課題にはならず、地道な連携でしか解決できないのではないでしょうか?


仮に広域連合ができても、結局府県と広域連合のどちらで扱うのか困る例は多いと思います。

実際、屋上屋(おくじょうおく)になると奈良県は参加を見合わせています。屋上屋になれば、かえってコストがかかるだけです。

道府県をなくす道州制とは違う、となっていますが、橋下大阪府知事は明確にそれを目指しています。これは周辺が切りすてられた市町村合併の都道府県版です。


この問題がどのように推移するのか、9月議会は目が離せません。

2010年8月21日

院長日記

美山町芦生

昨日から1泊2日の夏休み、子どもと一緒に行ってきました。

ツイッター中継でもしようかと思いきや、いきなり「圏外」。そのため、ひたすら自然と戯れることにしました。


まずは芦生研究林。「芦生原生林」と言った方が聞き慣れている人が多いと思います。


案内をしていただいた方の解説のおかげで、その貴重さがよく分かりました。日本海型と太平洋型の移行帯に位置し、植生区分の上からも暖温帯林と冷温帯林の移行帯に当たる(標高600を境に移行)ため、植物の種類が多いとのこと。全面積(約4,200ha)の約半分は人手が加えられていない天然林。この天然林の中には、森林の成立以降大きな人為が殆ど加わっていないと考えられる原生的な部分も含まれています。


第一印象は「もののけ姫」の「シシ神の森」。虫除けに長袖で歩きましたが、林の中はあまり暑さを感じさせませんでした。


人工林の杉林もあるのですが、ブナ、トチノキなどが目立ち、普通の森林とは違います。以前は下草が多く、進むのが大変だったそうですが、最近はシカの増加で草が食べ尽くされ、生えているのはトリカブトをはじめシカが食べない草だけ。増えているだけあって、シカには何回か出会いました。歩きやすくはなっていますが、草がなくなる→そこに隠れていた小動物が減る→・・・で生態系が変わってきているとのことです。ちょっと心配。


宿泊は芦生山の家10年前に美山町が建てなおしたものです。

おかげできれいな建物で過ごしやすさは抜群でした。館長の用意してくれた地鶏すき焼きは、地元でとれた野菜たっぷり。椎茸嫌いの次男もしっかり食べていました。

子どもより早く寝てしまい、睡眠時間は9時間。すっきりした目覚めで、涼しい早朝に散歩ができました。


朝食後は、ちしゃの木庵で鮎取りに参加させていただきました。

庵主に教わったのはちょん掛けというやり方でしょう。竿の先に釣り針をつけ、鮎を引っかけるやり方です。水中眼鏡にシュノーケルで川に入ります。鮎はたくさんいるのですが、動きは素早くなかなか引っかけられません。やっと引っかかったと思ったら逃げられてしまいました。長女は見事に1匹ゲット。父親の威信にかけて・・・、でも捕まりません。段々体が重くなっていくのを感じました。体が冷たく唇は真っ青。芦生といえども日中は30度を超える暑さ。それが心地よく感じるほど体が冷え切っていたようです。粘って鮎を捕まえようとする次男にあきれながら、長女とコーヒーを飲みました。昼食は鮎の塩焼きとカレー。おいしくいただきお腹はいっぱい。心地よい疲れを感じながら、芦生を離れました。


美山町を西へ車で移動していると、携帯が鳴り出し、圏外を脱出したことが分かりました。シシ神の森から里山へ帰ってきた気分。大野ダムへちょっと足をのばし、その後京北町、北区を経由し、人工林である北山杉を見ながら帰宅しました。

2010年8月14日

院長日記

佐村河内守(さむらごうち まもる)交響曲第一番"HIROSHIMA"

今日の午後は、佐村河内守「交響曲第一番」演奏会を聞きに行きました。「核兵器のない世界を子どもたちに」というのが氏の思いです。


2008年「G8議長サミット記念コンサート」で、2010年4月東京で、第1楽章、第3楽章は演奏されましたが、第2楽章を含めたすべてを演奏するのは初めてだそうです。妻、長女と一緒に聞きました。


私「各楽章はどう違うんだろう?」

妻「第3楽章でやっと明かりが見えるんじゃない」

私「第2楽章も最後に鐘が鳴って明かりがあったのでは?」

妻「う〜〜ん」


先ほどNHKが、今日の演奏会について報道していましたが、妻の受け止めが正しかったようです。


私が感動したのは、演奏もそうですが、それ以上に演奏終了後の佐村河内氏の言葉でした。普通の演奏会で聞かれない「核廃絶への思い」を真っ直ぐに話しておられました。「被爆二世の使命」、使命という言葉に感動しました。


核廃絶というと、感情と理性で進めるべき、という意見が必ず出てきます。今日の演奏会は感情に訴える企画ということになりますが、一方で理性は「現実的」「現実追認」になりがちです。感情に裏打ちされた理性が求められています。今年の広島原爆の日の秋葉忠利市長の平和宣言はその原型だと思います。


非核三原則の法制化、「検討したい」と述べた菅首相の動向はきっちりと見守りたいと思います。

2010年8月 9日

院長日記

今日は、長崎原爆の日

長崎原爆の日は、核保有国のイギリス、フランスの代表や、国際原子力機関(IAEA)の天野之弥事務局長が初めて列席して行われました。田上師長が求めた非核三原則の法制化に対して、菅首相も記者会見で「検討したい」と述べたと報じられています。その動向を大いに注目したいと思います。


アメリカの代表が参加しなかったことについて失望の声はありますが、86日の広島原爆の日は、国連事務総長や核兵器を落としたアメリカをはじめ、イギリス、フランスの代表が参加したことなど、今年は歴史的な年だと思います。


ツイッターで初めてリツイートしました。

「広島の平和記念式典に核保有国の代表、国連事務総長などが初参加しているのを見ると、これまで広島、長崎を中心にして原水爆禁止の運動を絶やさず続けてきた人々の営みの重要性を改めて思う。 」というつぶやきに対してです。


ついでに88日のサンデーモーニングを見ながら、被爆者でもある張本元プロ野球選手の「広島の原爆記念館へ来てください。涙なしで見られません」というコメントには、私自身がつぶやきました。「あっぱれ」


各国の思惑はあるにせよ、核なき世界へ、「継続は力なり」を実感します。


継続と言えば、5年ごとに継続している反核平和マラソン、無事に東京から長崎まで到着したようです。

おめでとうございます。そしてこれからも継続を。

2010年8月 2日

院長日記

東京〜広島〜長崎 反核平和マラソン

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