「国がすすめる『地域包括ケア』について考えるシンポジウム」、当直明けではありましたが、眠くなることなく興味深く聞いてきました。
国の考え方は、「『地域包括ケア研究会報告書』の公表について」と「介護保険制度の見直しに関する意見」にあらわれています
主催者である京都保険医協会によるプレゼンテーション「国がすすめる『地域包括ケア』について考える」。岡崎祐司佛教大学教授の基調講演「高齢者のケアと地域生活保障」。
「おおむね30分以内の日常生活圏において、医療・介護のみならず、福祉・生活支援サービス等が一体かつ適切に相談利用できる提供体制」の考え方は肯定しつつ、財政問題を出発点にしていること、介護保険は市場万能論でケアの原則がゆがめられていること、公(おおやけ)の役割が後退していることを指摘し、マクロ的には「新自由主義から新福祉国家へ」の道が必要であることが強調されました。これは社会保障憲章・社会保障基本法につながるものです。
シンポジウムでは、「認知症の人と家族の会」が、要介護認定の廃止等の提言、心のケアの重要性を指摘。開業医の立場から、介護保険の限界、医療現場の赤裸々な報告。区社会福祉協議会から今の取り組み状況と地域差の報告。自治体ケースワーカーは、介護保険前後、2006年地域包括支援センター前後で、いかに行政の役割が後退したか、今後の求められる役割について指摘。地域包括支援センターから、求められる地域支援と介護ケアマネジメントに忙殺される現実について報告。
フロアーから、特別養護老人ホームの今後(施設の重要性、ここにも市場原理がきている現状)、京都新聞「ひとりじゃないよ」連載について指定発言。
残り時間数分のところで、2人のフロアー発言。共通していたのは、考え方・理念と現実のギャップ。地域包括ケアは具体的に誰がやるのか? 行政をどう引っ張り出すのか? 介護保険利用者は今適切なサービスが受けられないことを切々と訴えていました。国・行政の責任を追求しつつ、どうしたらいいのか、何とかしてほしいという思いが伝わってきました。
時間切れでシンポジウムのまとめは、原理を変えないと公の責任は引き出せないというものでした。確かに介護保険が社会保障・福祉のあり方を大きくゆがめてきた(応益負担や現金給付)のは事実ですが、すでに定着しており現実から出発するしかないのではないか、と私は感じました。特に今は財源をどう確保するかが大きな問題になっており、現実、国民の意識、財源の絡み合いで物事は進みます。
要は力関係、と言ってしまえば身も蓋もありませんが・・・。現実を直視する中で改善点も見えてきますし、進む方向の目標として社会保障憲章・社会保障基本法のような理念がある、と複眼的に構えることが必要なのではないでしょうか?
また財源については、格差の大きな社会ほど絆(きずな)=「ご近所の底力」が損なわれるわけですから、応能負担がもっと強調されるべきだと思います。
最後に「地域包括ケア」についてですが、全国国民健康保険診療施設協議会(国診協)の「地域包括医療・ケア」や「地域包括ケアシステム」の方が歴史があり、医療の役割を強調し、健康づくりまで視野を広げ実践しており、すぐれていると考えます。今年の全国国保地域医療学会へ参加して特にそう感じました。








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