いくつかの場で紹介した「坂総合病院・クリニック職員一同のアピール」。災害拠点病院なので、日々押し寄せる救急・外来・入院患者対応に追われ、全職員集会を開くことができたのは、震災から3週間後の3月31日。このアピールは、現地で頑張った職員の思いを何よりも表しているので、以下に載せます。
2011年3月11日午後2時47分 M9.0も大地震・津波・原発事故
想像を絶する大災害の中 わたしたちは多くの命に向かい合った。
患者さんは 利用者さんは 立っていられないほどの揺れの後に
気遣ったことは わが身よりそれぞれの職場のことだった
雪と寒風にさらされ 氷点下の中 何時間玄関前にたったのだろう
いったい何人に聴診器をあてただろう
何枚のカルテを書いただろう
1階から10階まで何度 階段を往復したのだろう
いったい何個のおにぎりを握ったのだろう
支援物資の箱をいくつ仕分けしたのだろう
家族とわが家を案じながら 何日も病院に泊まり続けた仲間がいる
徒歩で 自転車で さらに避難所から通勤している仲間もいる
わたしたちはどれほど涙を流しただろう
助けられなかった命に
犠牲となった仲間に 愛する者・住み慣れた家を失った仲間に
北海道から沖縄まで 追いつけないほどの全国の民医連の仲間からの支援に
余震の中で産声をあげた小さな命に
避難所となった小学校の卒業式に
ひげが伸び放題の顔が お化粧をしていない顔が こんなにも美しいことに
「お疲れさま」「よろしくお願いします」と声をかけあうたびに
原発をはじめあらゆる復旧活動に従事している人に
流通・販売 教育・保育・福祉 あらゆる職業の人に
すべてを失い 愛する物を亡くし 悲しみと不安の中にありながら
不自由な避難生活のなかでも毅然としている人たちに
はるか遠くの地にあっておやつを我慢して募金する幼子から
手を合わせて復興を祈るお年寄りに
エールを送ってくれている日本中の人たち全てに対して
わたしたちは 誇りを感じている
わたしたちが いま なすべきことは それは
目の前の命に向き合うこと
つぶされそうな心を 破裂しそうな心を ともに分かち合うこと
夜明けがいつか分からないが「明けない夜はない」ことを信じること
そして 前に進もう
犠牲となった多くの命を決して忘れず 生かされていることに感謝し
心を高く挙げて しっかりと歩んでいこう
2011年3月31日 坂総合病院・クリニック職員一同








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