2011年5月アーカイブ

2011年5月22日

院長日記

ピーチャリ&ピースランニング

2011年5月 7日

院長日記

原発に思う

地震、津波の被害とともに生じた福島原発事故は大きな社会問題になっている。地震、津波は自然災害だけど、原発事故は明らかな人災だからだ。


動画で見る東日本大震災と原発でも紹介した小出裕章助教の講演は、その後の事態の進展を踏まえた1ヶ月後の429日に行われたものがサイトで紹介されている。


ポイントは、

・原発のエネルギーの利用効率は33%のみ。残りは環境に捨てている。


被曝のリスクは低線量にいたるまで直線的に存在し続け、しきい値はない。(これに対し、100ミリシーベルト以下はがんが増えない、という意見もあり論争が続いている)


・原子力推進派が取った対策は、破局的事故は起こらないことにした。電力会社を破局的事故から免責した(地震や戦争などの場合には責任を負わなくてもいいことにし)、原発を都会につくらないことにした。


・今、福島で行っていることは、崩壊熱で生じるエネルギーを冷やすこと。電源が断たれ真水が利用できないので、海水を入れて冷やし続けている。海水を入れると原子炉は使えなくなるため東電は躊躇し、その間にも事故は広がってしまった。


・この事故対策の作業員は被爆している。もともと日本人は1年間に1ミリシーベルト以上の被爆をしてはいけないことになっているが、放射線業務従事者は20ミリシーベルトまで、異常事態では100ミリシーベルトまでは法律で定められていた。今回の事故で一気に250ミリシーベルトまで引き上げられた。


・「ただちに影響が出るレベルではない」しかし晩発性障害はでる。1ミリシーベルトはICRP(国際放射線防護委員会)によれば、1万のうち 1人ががんで死ぬことを 1年ごとに容認する基準。子どもはその5倍。これを今回国は20ミリシーベルトへ引き上げたのだから、通常時に一般の人たちに許される危険度の 100倍もの危険を子どもたちに押し付けることになる。なおこの基準の決定プロセスの曖昧さも問題になっており、1985年ノーベル平和賞を受賞したPSW(社会的責任のための医師の会)は厳しく批判している。また小出氏が信頼するJ.W.Gofman氏の評価ではICRP計算4倍の障害がでるという。


世界の原子力発電所はほとんど例外なく地震地帯を避けて建設されているが、世界一の地震国日本に、今現在、 54基の原子力発電所が動いている。


昨日菅首相は浜岡原発の停止を要請した。これは英断だと思う。しかし他の原発が安全だという保障はない。特に京都に隣接する福井県若狭湾には14基の原発がある(高浜、大飯、美浜、敦賀、もんじゅ)。関西電力はその電力の48%を原発でまかなっている舞鶴市は20km圏内にほとんどの人が暮らしており事故への不安は大きい三方・花折断層の活動はこの若狭湾の原発や京都市の運命を左右する。


原発事故への対応は、安斎科学・平和事務所所長の安斎育郎氏によれば、「隠すな、ソつくな、意図的に過小評価するな」3原則を厳しく守り、最悪に備えて、最善を尽くすこと。しかしSPEEDIのデータは隠され、「ただちに影響が出るレベルではない」とウソをつき続け、晩発性障害への危険性は過小評価されてきた。とても最悪に備えて、最善を尽くしているとは思えない。この立場に立てば、現時点ではあらゆる原発の安全性は確保されているとは言えず、いったん停止せざるをえないのではないか? 少なくとも覚悟を持って原発に頼らない道に向けて、産業界も我々の日常生活も備えていかなければならない。


ソフトバンクの孫正義氏は、東日本大震災被災者支援のためポケットマネー100億円を寄付し、10億円で自然エネルギー財団を設立しエネルギー政策転換を図ることを目指している。それは決して幻想ではなく、デンマークは2050年までに化石燃料からの完全な脱却を目指す「エネルギー戦略2050を発表した。自然エネルギーの分野で日本の技術力を生かしていくことが、今後の日本産業活性化の道だと思う。


ドイツをはじめEUでは脱原発の方向だが、中国やインドなどBRICSは原発推進と、世界的に見ればまだまだ紆余曲折が予想される。それだけに今回の事故を受けて、日本の立場が問われている。
日本の方向を決めるのは日本人の意識。覚悟を持とう。自治体も大阪府橋下知事神奈川県黒岩知事は脱原発を目指すことを宣言している。橋下知事に対し、関西経済同友会の大竹伸一代表幹事(NTT西日本社長)は「代替エネルギーの研究、実用化を急ぐべきとのメッセージで、世の中一般からずれていない。まともな考え方」評価をしている。


動画によれば関西広域連合では時期尚早となったが、滋賀県嘉田知事は賛成した。京都府山田知事が何を発言したかの言及はない。京都府知事としての原発そのものに対する考えや、知事会長となった知事会にも動きはない。本来ならこういうところでイニシアチブを発揮してほしいものだ。それでこそ、地方から世の中のあり方を変えていける。

2011年5月 1日

院長日記

足立美術館、水木しげるロード、法然・・・

連休前半の429日〜30日。大学へ進学した長男の様子を見に、京都に残る家族3人(私、妻、次男)でその周辺の小旅行をしてきました。


安来市にある足立美術館はその庭園のすばらしさに驚きました。日本庭園ですが、京都の寺でよく行われる借景が見事です。8年連続日本一に選ばれたというのもうなずけます。


絵画は、美術館を作った足立全康氏が愛した横山大観が中心ですが、その絵を見たのは美術の教科書以来でした。朦朧体(もうろうたい:水墨画の輪郭を描かない技法を色彩画に使用した)という新しい画風を創り出した、と説明があり当時は革新的な技法だったわけです。一方で戦時中は「神国日本」など戦意高揚の作品も描いています。芸術的にはすばらしく革新性もあるのですが、この点は残念だと思いました。


そうかと思うと足立美術館には、京都を代表する料理人であり陶芸家でもあった北大路魯山人の部屋もあります。履歴をみると4回結婚し離婚。気難しい人だったようですが、すごいと思ったのは「あいつはずるい奴だとか、いやしい奴だとかいわれないだけありがたいと思っている」とい言葉。人間国宝を辞退。反骨の人。


境港市は「ゲゲゲの女房」でブレイクした水木しげるロードが印象的でした。水木しげる記念館のある商店街活性化策として139体の妖怪ブロンズ像が並んでいます。これが成り立つのは、水木しげる氏が版権を放棄していることです。おかげで費用がかからず、バス、船などあらゆるところにゲゲゲがあります。今なら間違いなく落ちこぼれであった氏が漫画で成功し、戦争で左上肢を失った実体験から戦争に断固反対し、故郷のために版権放棄。大変な生き様だと思います。


足立美術館で竹内栖鳳をはじめ京都の日本画が展示されていたこと、日本庭園、北大路魯山人、・・・京都を見直そうと思い、今日51日は京都国立博物館で「法然」の特別展示会を見てきました。南無阿弥陀仏と念仏を称えた人はどんな身分の者であれ極楽浄土に生まれること(往生)ができるという教えは、身分制の厳しい当時としては異端であり、75歳で土佐に流されることになりましたが、多くの人たちの支持を得ました。信仰の是非とは別に、時代の制約を超えた考え方にあらためて感じ入りました。


駆け足でいろいろなところを訪れ、芸術に触れ、人の生き方を知り、・・・なかなか充実していました。少したくましくなった長男の今後の生き方はどうなるか、その前に自分自身の生き方も考えさせられる時間でした。

1
« 2011年4月 | ブログトップページ | アーカイブ | 2011年6月 »