2011年7月18日

院長日記

映画「100,000年後の安全」

話題の映画「100,000年後の安全」を見た。フィンランドで建設されつつある「オンカロ」。放射性廃棄物の永久地層処分場。放射性廃棄物が無害化されるまでの10万年間保持されるように設計された、地下都市のような巨大システム。2100年には施設は封鎖され、二度と開けられることはない。しかし10万年後、そこに暮らす人々に、危険性を確実に警告できる方法はあるだろうか。確実に伝えるべき、いや伝えない方が安全?  そんな議論が延々と行われる、これは本当に映画だろうか? そんな気がしてくる。

10万年と言えば、ネアンデルタール人の時代らしい。2,0003,000年前のピラミッドについてさえ充分謎は解き明かされていないのに・・・。これ以上書くと、これから見る人に差しさわるので控えるが、原発に対する立場の如何に関わらず、安全な廃棄物の処理方法のない核の問題点がよく分かる。


何よりも、このフィンランドの地は、(私の記憶に間違いなければ)18億年は安定している所らしい。日本のような、火山や地震多発地帯は、そもそも処分場として考えられていない。


ウランは石油と同じく限りある資源であり、原発はあくまで一時的なエネルギー源のはず。エネルギーを浪費する生活は、このままでいいのだろうか? 原発をめぐってかわされてきている大切な議論に対する解答が、自然な形で浮かび上がる。


「原発にはこれ以上頼れないけれど、原発を止めて経済は大丈夫だろうか?」。多くの人が抱く考えだが、リアルに少し長い時間軸で見てみると答えは明らかだと思う。 地球の歴史とまでは言わないまでも、人類の歴史から見て現代のわれわれが生きているのはほんの一瞬。そのわれわれが人類そのものの生存を脅かしていいはずがない。


限りあるエネルギー資源から再生可能エネルギーへの道へ転換すること、生活のあり方を見直すこと。自然豊かな日本で、できないはずはないと信じる。

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コメント(1)

知的生命体の存続を前提としても難題ですねえ。ますます、この映画、見たくなりました。

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