2011年11月アーカイブ

2011年11月27日

院長日記

映画「森聞き」

今日は、「京都・森と住まい百年の会」が行った映画「森聞き」を見てきました。

その前に、中源株式会社中田治さん尾島組尾島俊明さんのトークがあり、興味深く聞きました。

「北山杉でできた床柱のある床(とこ)は、もてなしの気持ちを表わす場所。床に置いた物が主役。床柱は脇役」「北山杉は本仕込みという方法で真夏に切る」「本仕込みは価格に反映されず、今はほとんど行われていない。本仕込みの伝統と文化を残すことが必要。」仕事が先で要領はあと。金目当ての人は続かない」「緑は国の宝」「水源に人が住み、山を大切にしないと氾濫が起こる」「林業は、採算がとれるようにすべき」森の木々は、戦時中強制伐採された。そのため戦後、杉・桧が植えられた。これをしなかったら、川の氾濫いっぱいあったはず。杉・桧が悪いのではない」「鹿は植えた木を食べてしまう。増えすぎている。猪含め獣害増えている。人が山へ入らないとダメ」子供は山を知らない。木を育てている人がいることを知ってもらうのが大切」「少々曲がっていても、職人が手がけた木を使ってもらいたい」

今の森や林業を何とかしたい気持ちが伝わってきました。

映画「森聞き」は4人の高校生が、それぞれ「森の名人」と呼ばれる人たちの人生と技を聞き書きするため、日本各地の山村に暮らす老人たちを訪ねたドキュメンタリー。成績優秀な子もいれば、要領だけでテストを切り抜けてきた子もいます。しかし、それぞれの「名人」と出会う中で、表情が変わるのが分かります。

中身は是非映画を見てもらいたいですが、印象に残ったのは、「好きでやっているのではない。生きるためにやっている」という60年以上焼き畑をしてきたおばあちゃんの言葉。「好きなことをやりたい。好きだからやっているのだと思っていた」という高校生は、貴重な体験をしたと思います。

これを書いているときに大阪ダブル選挙の結果が出たようですが、どんな時代になろうと、地に足を着けた人たちが多数になることが、日本の再生に欠かせないと思います。

2011年11月23日

院長日記

ほろ苦い大阪マラソンと福知山マラソン

2011年11月12日

医療

「舞鶴・日本の医療と社会保障とTPP」

表記タイトルで、本日(11/12)舞鶴社保協主催の学習会で講演してきました。

絶妙のタイミングで、京都新聞の118日付けに「4公的病院「分業」 舞鶴市の医療再編修正案」が掲載されたので、このことを話題にして話をしました。

元々の舞鶴医療再編案は、京都府が昨年1月に「中丹地域医療再生計画」として出しており、舞鶴の公的3病院(医療センター、市民病院、日赤)を再編し400床規模の新病院を作ろうというものでした(京都府案)。ところがそれに異を唱える多々見氏が新市長になり、今回舞鶴市の見直し案を踏まえた公的3病院(医療センター、共済、日赤)は連携し救急医療体制を確保する、市民病院は改修・建替え等の検討を行い療養病床に特化して後方支援を行う、という形でまとまりました(今回案)。両案の3公的病院の中味が異なるのは、共済病院が京都府案の新病院に参加しないと表明したことに起因します(その時の共済病院院長は現多々見舞鶴市長)。

京都府案は大きな病院を作ることで医師を集める条件が高まるが、61億円の財源を捻出しなければなりません。今回案は国の基金25億円を活用すればそれ以上の負担はないが、これまでも連携は行われてきており医師確保の不安は残ります。

舞鶴社保協はどちらかの立場に立つということではなかったようなので、上記を前提にして可能な限りどちらかを選択する条件で挙手を促したところ、京都府案:今回案:どちらでもないは、5:4:1の結果でした。舞鶴市民も意見が分かれるのです。

私はどちらかの立場を推薦することはせず、医療者と地域住民と行政の共同が大切であると述べてきました。正解は1つではないからです。

医師数、特に勤務医が減少していることが中丹医療圏の問題なので、強いて言えば京都府案の方が将来性はあります。しかし専門医だけが集まっても、高齢化が進む地方の医療は守れないので、どういう医師をこの地域で養成するか、とりわけ総合医養成は大きな課題です。医療者にはその覚悟が求められます。行政には新病院から遠くなる人に対して交通手段を確保する責任が出てきます。

とは言え、これから今回案を基礎に事態が進みます。これまで以上に病院間の連携が、医療者やこの案をまとめた行政には求められるのです。徹底した機能分担による専門医の集中や、医師でもある多々見氏の「人脈」による不足する分野の医師確保が必要です。

それでは地域住民には何が求められるのでしょうか? この間この問題について、地域住民が関与できたのは2月6日の舞鶴市長選挙だけでした。今大切なのは、今回案に基づく舞鶴の医療がどうなるのか、住民目線から見た意見をしっかり伝えることだと思います。またこの案が実践された時に問題点が生じたならばその内容も伝える必要があります。今回案をまとめた行政と地域医療を担う医療者はその意見に耳を傾けなければなりません。

その上でやはり病院再編が必要であると判断されたらなら? 「将来的に舞鶴市民病院を除く3病院が上部団体の管理から外れた時に1つに纏めるべき」という立場ではなく、上部団体を説得する立場に立つのが行政の役割でしょう。医師である多々見氏ならできるはずだし、しなければならない仕事だと思います。

なお今日は、この他にも「東日本大震災」「北部医療の課題

」「社会保障と税の一体改革」、「TPPの医療に及ぼす影響」、「受診時定額負担」など、多岐にわたり話をしたので、後半の私の意見はほとんど述べることはできませんでした。これは、その反省も込めて書いたブログです。

2011年11月 6日

院長日記

「新たな福祉国家を展望する」-絵空事(えそらごと)のすすめ

本年105日、「福祉国家と基本法研究会」から「新たな福祉国家を展望する」という本が出版された。最初、同研究会から社会保障基本法 2011第一次草案が出されたとき、私は「理屈は分かるがこれは無理だ」と思った。

例えば、第15条(基礎的社会サービスの利用料無料)は「すべての人に不可欠な医療、介護、障害者福祉、保育などの社会福祉サービスにおいては、国及び地方自治体は、いかなる名称であっても、その利用料を徴収してはならない。この規定に反する、医療の、いわゆる「窓口負担」、介護保険における利用料、障害者福祉における利用料、保育における利用料などは速やかに廃止しなければならない」とある(この内容は本の中ではさらに発展させられている)。

2009年の政権交代直後ならまだしも、これが書かれた2010年秋は、民主党政権がすっかり「構造改革路線」に復帰していた時期。絵空事(えそらごと)と一蹴されてもおかしくない。

 しかし、よく考えると医療費の窓口負担ゼロはヨーロッパの先進国では当たり前であるし教育も無料。かつて日本も健保本人、老人医療は窓口負担無料であった。

社会保障憲章 2011、社会保障基本法 2011は、「生活保障の諸領域、とりわけ社会保障についての哲学、原理、原則、ひとことで言えば、あるべき社会保障の輪郭を提起したもの」(P.2)とある。

東日本大震災を踏まえ、福祉国家型対抗構想が必要な理由を、1)構造改革政治に対する全体的対案の提示(P.16)、2)めざすべき福祉国家型地方づくりの提示(P.21)、3)構造改革を加速する民主党政権の政治への対抗(P.22)、4)運動の「たこつぼ」化を克服し構造改革の攻勢に連帯して立ち向かう(P.32)、と4つあげている。

考え方の基礎に日本国憲法があるが、国際人権規約、女子差別撤廃条約、障害のある人の権利条約、国際行動計画、EU基本権憲章、ILO条約などの「国際基準」(P.63)も基礎にして書かれている。

社会保障基本法 2011において、社会保障制度の範囲(P.180)は、1)所得保障、2)医療保障、3)保健保障、4)居住保障、5)障害のある人の生活保障、6)高齢者の介護・生活保障、7)子どもの発達保障・生活保障と、7つに分類されその原則が書かれている。

国、地方自治体、企業の責務(P.184)も書かれており、特に企業の社会的責務の中で、「税並びに社会保険料の負担という形でその責務を果たさねばならない」とある。7つの領域全部で社会保障を充実させるためには、豊富な財源が必要である。財源問題は応能負担の原則(P.151)が述べられている。原則(p.152)は、1)最低生活費への非課税と保険料免除、2)総合所得にたいする累進課税原則、3)企業の社会保障拠出・負担責任の強化。3)については、a)社会保険の事業主負担額の増、b)社会保障税、c)法人税をあげ、「消費税の社会保障目的税化」は社会保障理念に反する(p.158)としりぞけている。

 著者らは基本法が「現在の政治的力関係の下では、当面立法化される展望は少ない」ことを認めている。「しかし基本法の制定とその諸原則の実現を掲げて闘うことで、その全体としての実現は無理でも、社会保障諸領域の運動の連帯をつくり、構造改革の攻勢を阻み、運動の力関係次第では特定の領域で構造改革に代わる対抗的制度を実現する指針ともなりうる」ことを指摘している(p.200)。

 以上、かなり恣意的に抜き書きしてみたが、この本は現時点での「あるべき社会保障の輪郭」が分かりやすく書かれたものであり、社会保障に関わる人だけでなく、広く一般の人にも大いに読んでほしい本である。そして社会保障充実のために、各分野で「たこつぼ」化した運動でなく、構造改革の攻勢に連帯して立ち向かえるようにしたい。

そのうえで二つ要望をしたい。一つは「住民参加」の項を入れること。どんなにいい内容でも、与えられるものという発想ではうまくいかないであろう。医療の現場にいて感じることだが、いい医療実現のためには住民が適切に医療機関を利用する、健康づくりに参加するなど、住民との「共同の営み」が不可欠である。資源に限りがあることを考えると、社会保障従事者とそれを受ける人たち双方の協力が欠かせないと思うからである。「参加の原則」(P.100)という記載はあるが、法案そのものには書かれておらず、明確化を期待したい。

もう一つは、よりつっこんだ財源確保方法の提示とシミュレーション。「量出制入」(出るを量って入るを制す)を原則とすべき(p.151)、とはいえ、財源には限りがある。できれば少々荒削りでも数字があるとイメージがしやすい。今のままでは、やはり絵空事と片付けられる可能性が高い。

限られた財源の中でまずは何を優先するか? 私は「住み続けられるまちづくり(P.149)」「おたがいさま」が広がる環境づくりを優先したいが、これも住民参加で決めていくべきことだと思う。

 この本が広く読まれ、今後活発に議論され運動が進むことを期待したい。

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