院長日記

2011年12月25日

院長日記

京都市長選挙に思う

「中村和雄の市政刷新プログラム」1221付けで正式に決定された。

循環、底上げ、参加。いずれもキーワードとして大切で適切だと思う。また医療・介護の現場にいて、国民健康保険料の引き下げ、子供の医療費の拡充、使いやすい介護保険など是非実現してほしいと思う。そのための財源を、7.市財政の立て直し(税収アップ、ムダづかいの排除、独自財源)に明記してあるのも頼もしい。

しかし今の時代、最も大切なのは民主主義を貫きながら改革、刷新していくことではないだろうか? その意味で「6.市役所改革・区民協議会で市政を刷新します」がカギではないかと思う。

小規模公共工事などの決定権限を区民協議会に与えて、行政区の特色にそったまちづくりを推進」「徹底した情報公開と「区民協議会」への市民参加の保障」「自分たちのまちは自分たちで創る」市役所を改革し、権限と予算(1億円程度)を区長・区役所(支所)にまわし、交通や道路など、身近な区民の願いを生かす

これをするためには当選しなければならない。しかしそれだけでは十分ではない。えせリーダーシップ=独裁、「お任せ民主主義」を廃し、本当の意味で「自分たちのまちは自分たちで創る」覚悟が、京都市民に求められる。

2年前政権交代のマニフェストに裏切られ、閉塞感を持ちながらまだ何かに期待する風潮があるこの時代だからこそ、こういう自治体をつくりたい。しかしそのためには勝たなければならない。勝利は目的ではない。民主主義を前進させる出発点だ。

2011年12月25日

院長日記

第二中央病院の医療活動交流集会

12月22日に行われましたが、とても面白いものでした。172床になった中小病院でも、全職員があらゆる部署の活動を掌握することはできません。「栄養課の食事の工夫(本当に美味しそう!)」「検査課のアプネア検査(睡眠時無呼吸症候群)」「放射線課の有所見者リストでの管理、中断チェック」など、直接その成果を患者に返すことができ、医療活動の前進につながるものがあります。


一方で、外来・診療所が行う「気になる患者訪問」「お元気ですか訪問(独居者訪問)」などは単純ではありません。認知症や要介護者を訪問し、担当部門やケアマネージャーに情報を伝え本人が望む清潔保持手段(同性による入浴介助)につなぐことができた、取り組みの中で部署間の連携や相互認識が深まった、などの成果が生まれています。


しかし経済的問題、貧困問題など、一朝一夕で解決ができない問題もたくさんでてきました。すぐ目の前の患者の問題解決が求められる現場では、ソーシャルワーカー任せになりがちです。国、府、市の制度が絡み合っており、すっきりはしないが何とか対応している、というのが現状です。


私たちは、普段から制度の学習、署名活動、対行政交渉などを行っていますが、忙しい現場ではこれさえも一部の活動になりがちです。来年2月に迫った京都市長選挙。「交流集会」で解決できなかった問題を一歩でも前進させるものとして位置づけたいものです。

2011年12月21日

院長日記

LIFE311

green_medium.jpg
ブログ記事でなくサイドバーに貼り付けたいのですがそれは今後の宿題として、ポチッと募金でバナー頂きましたので。
2011年11月27日

院長日記

映画「森聞き」

今日は、「京都・森と住まい百年の会」が行った映画「森聞き」を見てきました。

その前に、中源株式会社中田治さん尾島組尾島俊明さんのトークがあり、興味深く聞きました。

「北山杉でできた床柱のある床(とこ)は、もてなしの気持ちを表わす場所。床に置いた物が主役。床柱は脇役」「北山杉は本仕込みという方法で真夏に切る」「本仕込みは価格に反映されず、今はほとんど行われていない。本仕込みの伝統と文化を残すことが必要。」仕事が先で要領はあと。金目当ての人は続かない」「緑は国の宝」「水源に人が住み、山を大切にしないと氾濫が起こる」「林業は、採算がとれるようにすべき」森の木々は、戦時中強制伐採された。そのため戦後、杉・桧が植えられた。これをしなかったら、川の氾濫いっぱいあったはず。杉・桧が悪いのではない」「鹿は植えた木を食べてしまう。増えすぎている。猪含め獣害増えている。人が山へ入らないとダメ」子供は山を知らない。木を育てている人がいることを知ってもらうのが大切」「少々曲がっていても、職人が手がけた木を使ってもらいたい」

今の森や林業を何とかしたい気持ちが伝わってきました。

映画「森聞き」は4人の高校生が、それぞれ「森の名人」と呼ばれる人たちの人生と技を聞き書きするため、日本各地の山村に暮らす老人たちを訪ねたドキュメンタリー。成績優秀な子もいれば、要領だけでテストを切り抜けてきた子もいます。しかし、それぞれの「名人」と出会う中で、表情が変わるのが分かります。

中身は是非映画を見てもらいたいですが、印象に残ったのは、「好きでやっているのではない。生きるためにやっている」という60年以上焼き畑をしてきたおばあちゃんの言葉。「好きなことをやりたい。好きだからやっているのだと思っていた」という高校生は、貴重な体験をしたと思います。

これを書いているときに大阪ダブル選挙の結果が出たようですが、どんな時代になろうと、地に足を着けた人たちが多数になることが、日本の再生に欠かせないと思います。

2011年11月23日

院長日記

ほろ苦い大阪マラソンと福知山マラソン

2011年11月 6日

院長日記

「新たな福祉国家を展望する」-絵空事(えそらごと)のすすめ

本年105日、「福祉国家と基本法研究会」から「新たな福祉国家を展望する」という本が出版された。最初、同研究会から社会保障基本法 2011第一次草案が出されたとき、私は「理屈は分かるがこれは無理だ」と思った。

例えば、第15条(基礎的社会サービスの利用料無料)は「すべての人に不可欠な医療、介護、障害者福祉、保育などの社会福祉サービスにおいては、国及び地方自治体は、いかなる名称であっても、その利用料を徴収してはならない。この規定に反する、医療の、いわゆる「窓口負担」、介護保険における利用料、障害者福祉における利用料、保育における利用料などは速やかに廃止しなければならない」とある(この内容は本の中ではさらに発展させられている)。

2009年の政権交代直後ならまだしも、これが書かれた2010年秋は、民主党政権がすっかり「構造改革路線」に復帰していた時期。絵空事(えそらごと)と一蹴されてもおかしくない。

 しかし、よく考えると医療費の窓口負担ゼロはヨーロッパの先進国では当たり前であるし教育も無料。かつて日本も健保本人、老人医療は窓口負担無料であった。

社会保障憲章 2011、社会保障基本法 2011は、「生活保障の諸領域、とりわけ社会保障についての哲学、原理、原則、ひとことで言えば、あるべき社会保障の輪郭を提起したもの」(P.2)とある。

東日本大震災を踏まえ、福祉国家型対抗構想が必要な理由を、1)構造改革政治に対する全体的対案の提示(P.16)、2)めざすべき福祉国家型地方づくりの提示(P.21)、3)構造改革を加速する民主党政権の政治への対抗(P.22)、4)運動の「たこつぼ」化を克服し構造改革の攻勢に連帯して立ち向かう(P.32)、と4つあげている。

考え方の基礎に日本国憲法があるが、国際人権規約、女子差別撤廃条約、障害のある人の権利条約、国際行動計画、EU基本権憲章、ILO条約などの「国際基準」(P.63)も基礎にして書かれている。

社会保障基本法 2011において、社会保障制度の範囲(P.180)は、1)所得保障、2)医療保障、3)保健保障、4)居住保障、5)障害のある人の生活保障、6)高齢者の介護・生活保障、7)子どもの発達保障・生活保障と、7つに分類されその原則が書かれている。

国、地方自治体、企業の責務(P.184)も書かれており、特に企業の社会的責務の中で、「税並びに社会保険料の負担という形でその責務を果たさねばならない」とある。7つの領域全部で社会保障を充実させるためには、豊富な財源が必要である。財源問題は応能負担の原則(P.151)が述べられている。原則(p.152)は、1)最低生活費への非課税と保険料免除、2)総合所得にたいする累進課税原則、3)企業の社会保障拠出・負担責任の強化。3)については、a)社会保険の事業主負担額の増、b)社会保障税、c)法人税をあげ、「消費税の社会保障目的税化」は社会保障理念に反する(p.158)としりぞけている。

 著者らは基本法が「現在の政治的力関係の下では、当面立法化される展望は少ない」ことを認めている。「しかし基本法の制定とその諸原則の実現を掲げて闘うことで、その全体としての実現は無理でも、社会保障諸領域の運動の連帯をつくり、構造改革の攻勢を阻み、運動の力関係次第では特定の領域で構造改革に代わる対抗的制度を実現する指針ともなりうる」ことを指摘している(p.200)。

 以上、かなり恣意的に抜き書きしてみたが、この本は現時点での「あるべき社会保障の輪郭」が分かりやすく書かれたものであり、社会保障に関わる人だけでなく、広く一般の人にも大いに読んでほしい本である。そして社会保障充実のために、各分野で「たこつぼ」化した運動でなく、構造改革の攻勢に連帯して立ち向かえるようにしたい。

そのうえで二つ要望をしたい。一つは「住民参加」の項を入れること。どんなにいい内容でも、与えられるものという発想ではうまくいかないであろう。医療の現場にいて感じることだが、いい医療実現のためには住民が適切に医療機関を利用する、健康づくりに参加するなど、住民との「共同の営み」が不可欠である。資源に限りがあることを考えると、社会保障従事者とそれを受ける人たち双方の協力が欠かせないと思うからである。「参加の原則」(P.100)という記載はあるが、法案そのものには書かれておらず、明確化を期待したい。

もう一つは、よりつっこんだ財源確保方法の提示とシミュレーション。「量出制入」(出るを量って入るを制す)を原則とすべき(p.151)、とはいえ、財源には限りがある。できれば少々荒削りでも数字があるとイメージがしやすい。今のままでは、やはり絵空事と片付けられる可能性が高い。

限られた財源の中でまずは何を優先するか? 私は「住み続けられるまちづくり(P.149)」「おたがいさま」が広がる環境づくりを優先したいが、これも住民参加で決めていくべきことだと思う。

 この本が広く読まれ、今後活発に議論され運動が進むことを期待したい。

2011年9月19日

院長日記

丹後100kmマラソン記録更新!

2011年8月22日

院長日記

無言館と安曇野ちひろ美術館

820日〜21日、数年ぶりに家族5人そろって旅行に行ってきました。目的地は信州上田市にある無言館。きっかけは映画「無言館」

 

以下、映画の解説より。

長野県上田市周りを山々に囲まれた田園地帯の丘の上にひっそりとたたずんでいる小さな美術館無言館」。静まり返った無言館の扉を押すと志を果たすことなく戦場に散った画学生たちの声が聞こえてきます絵描きになりたいと願いながら一枚の画布一冊のスケッチ帖に生命の証をきざみこんで戦地に発った若者たち。・・・

 

この映画もたまたま夫婦で見に行ったのですが、その中で淡々と紹介される残された絵のエピソードを見て行ってみたくなり、日程調整をしかけたのですが・・・、ギリギリまで行けるかどうか分からず、家族みんなが参加できると分かったのが2日前。他の予定を入れておらず、出発直前に「安曇野ちひろ美術館もいいですよ」とツイッターで情報を頂き、計画に加えた次第です。


無言館の入り口を開けると、係の人は居らず、いきなり絵が展示されていました。あるのは絵(一部彫刻もあり)と解説と遺品だけ。2号館もあるが、すべての作品を合わせても数十枚。そのため消化不良にならず、すべての作品にしっかりと目を通すことが出来ました。結構たくさんの見学者がおり、また若い人が多いのはちょっと意外でした。映画「無言館」には現役美大生が協力・出演しており、それも関係しているのかもしれません。出口に職員がおり入場料を払い本や葉書などを買ったのですが、職員数を最小限にするために、出口にしか職員がいないのだと思います。運営には苦労をしているのでしょう。

 

すべての作品にしっかりと目を通すことが出来たのは家族みんなの感想で、夕食を食べながら印象を述べ合いました。

帰ってきて続きを描きたいと、出征ギリギリまで絵を描き続けたのはつらかっただろう

パリへ留学したいという義弟に対し、家や山を売ってでも行かせてあげる、と言っていた

戦争中に描かれたとは思えない

おばあちゃんの絵が一番よかった

妻の裸婦像が何人かあった

手紙の字はみんな達筆

写真はみんな結構イケメン

お父さんへは男子の本懐と言ったが姉へは生きて帰りたいって言っていた」

戦死といっても多くは船が沈められた

銃の暴発で死んだ人は気の毒。でもその妻はその後医師になって今も高知で現役の病院長

いい人がいなくて姉が代わりに、・・その人は今も独身

栄養失調で死ぬって・・・

結核はまだしも脚気で死ぬのは・・・

日本画の小野氏の息子がいた

出身地生年月日がわからないのに絵だけ残っているのはなんでだろ

我が家では話題満載の無言館も、地元での認知度はまだまだのようです。泊まった美ヶ原温泉の宿にも知られていませんでした。

 

翌日訪れた安曇野ちひろ美術館は、広々としたスペース。職員数も多く、あらゆる観光ガイドに載せられている有名な美術館です。見慣れた淡い水彩画がたくさんあり、ちひろの年表などもじっくりと見直すことができました。他の童話画家の絵もたくさん展示されており、子供スペース、絵本スペースなど、小さな子供も一緒に訪れることのできるところです。

 

新たな発見は、60年代初めまではちひろが油絵を描いていたことです。見慣れているせいもあるでしょうが、水彩画の方が断然いいと思いました。

 

印象的な絵や文章はいっぱいありましたが、「わたしがちいさかったときに」のコーナーでの絵「焼け跡を見つめる少年」は切ないものでした。「(被爆し)遠い天国に行ってしまった父母のことはあきらめてしまいました。・・『誰でも大きくなれば父母はいなくなるのであってただぼくのは早く父母を失っただけであるとぼくはいつでも思っている

いろいろな年代の方がいましたが、特に若い人たちがこうした絵を見て、どのような感想をもったのかを知りたいものです。

 

ちひろは1974年に亡くなり、死因は原発性肝癌。この頃にはB型肝炎は検査ができていたので、ちひろの死因はC型肝炎からの肝癌だったと考えられます。今ならインターフェロンなどで肝炎の治療ができ、癌を予防できたかもしれません。存命であれば、今の時代をどのように見、どう描くだろうかと思います。

 

無言館の戦没画学生も同じです。今なら若い人が結核で死ぬことはまずありません。脚気やマラリアなどの感染症も治療できます。そもそも戦争がなければ死ななくてよかった人たちです。

 

今回の旅行で、我が家は行き帰りの時間を含めていろいろな話ができました。無言館、安曇野ちひろ美術館(練馬のちひろ美術館も含め)とも、多くの人に訪れてほしいところです。

2011年8月 8日

院長日記

陸前高田市の送り火の松

被災マツ大文字使わず 「放射能不安で一転(8/6京都新聞)

「東日本大震災の津波で倒れた岩手県陸前高田市の景勝地高田松原のマツを京都に運び五山送り火の大文字に使計画が中止になったことが5日分かったマツの放射能汚染を懸念する声が京都市などに寄せられたためで8日に陸前高田市で燃やす方針とい

この記事は京都新聞だけでなく、朝日、産経、毎日、読売、さらに日経といった全国紙すべてに掲載されました。

 

一方、この報道がされた後、「それに対する京都市の大文字保存会の事務局を務める市文化財保護課に非難が殺到した」(8/8読売新聞)と報道されています。


元はといえば国が放射能について正確な情報を流さなかったから生じた混乱しかし読売新聞の通り、大文字保存会の事務局は市文化財保護課なのですから8月16日の送り火当日に松の木を燃やせたはずです市は放射能リテラシーを高める絶好の機会を逃した、と思いますが、みなさんはどうお考えでしょうか?

2011年8月 7日

院長日記

左京地域連携懇談会(認知症研究会)

昨日は第13回地域連携懇談会、第7回左京医師会認知症研究会でした。テーマは「左京における認知症連携」。2010213にも書いたように、元々は医師・介護懇談会だったのを発展させ、参加者も拡大し、半年毎のこの集まりも最近は200名以上の参加となっています。


今回はたまたま1年半前と同じ認知症を扱っていますが、「左京区の認知症かかりつけ医リスト」が配られ、まだ配布はされていませんが初期の鑑別診断やBPSD発症時の対処を行える「認知症支援医」(国の言うサポート医に相当する)も登録してきています。


担当理事の市田哲郎医師から、取り組みの現状が話された後、「左京における認知症連携について」パネルディスカッションが行われました。地域包括支援センターからは、医師に対し地域から見える活動やスムーズに入院できる体制への要望など、認知症の人と家族の会からは、医療に関する電話相談内容(待ち時間、いい医師の探し方など)、区役所からは「高齢者にやさしい店」の紹介、介護支援専門員会からは、「認知症疾患医療センター」設置へ向けての課題について話されました。


その後、多職種で小グループに分かれて、認知症についてのグループ討論が行われました。私のところでは、認知症対応に苦慮しているデイサービス事業所の現状、家族に認知症だと分かってもらえない大変さ、介護認定が実態に合っていない現状など、日頃の悩みが次々に出され、解決に向けての交流をしました。他のグループでは「左京で統一した認知症評価シートをつくってはどうか?」などの提案も出されていました。医師会へ持ち帰って検討する課題もいくつか出されました。


左京区は「認知症安心サポーター」が5,874人おり、京都市内で人口当たり最も多いとのことです。また地区医師会や多職種でこうした草の根の取り組みが行われており、高齢化の進行とともに今後爆発的に増える認知症への準備も進んできています。


京都府では、今年の10月からは「認知症疾患医療センター」が本格的に動き出すようです。しかし昨日も強調されていましたが、認知症対応はセンターができれば解決する問題ではありません。これまで以上に医療・介護レベルの向上や連携強化が求められます。


私の病院は神経内科医3人、精神科医2人と比較的認知症対応がしやすい医師体制がありますが、BPSD対応ができる精神科病棟はありません。入院では、むしろ認知症を持つ患者の身体疾患治療を求められることが多いです。それぞれの診療所や病院の取り組みがオープンにされ、地域における役割が医療・介護従事者だけでなく、地域住民にも分かるようになることが必要でしょう。


多職種型のこうした懇談会はレベルアップへの動機付け、地域における役割を参加者に強く意識させます。少しアルコールの入った懇親会の場での情報交換も有意義で、普段診ている患者について介護支援専門員や訪問看護師から相談を受けることもよくあります。これからも「顔の見える関係」をしっかりつくり、地域全体のレベルアップ、連携強化に努めたいものです。

1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11
ブログトップページ