院長日記

2010年9月 5日

院長日記

競争よりプロ意識

私の同級生で、アメリカで活躍している医師がいます。その医師が、ある紙面に興味深いことを書いています。


アメリカでは「医療にも市場原理を導入せよ」という主張が強力です。「手術死亡率を公表する→手術を受ける際、患者は死亡率が少ない病院を選ぶようになる→患者が減ると困るので死亡率の高い病院は死亡率を下げる努力をする→どこの病院も死亡率が下がるので、国(あるいは地域)全体の死亡率が下がる」


しかし、死亡率を下げるための一番手っ取り早い方法は、重症患者あるいは(重い糖尿病などの合併症を持つ)難しい患者を避けることです。成績を上げるために患者を選り好みする」という悪しき行為が蔓延する危険があるわけです。


それに対し、手術成績を上げるために互いに知恵を絞り合うことを試みたところ25%の死亡率減少効果がみられたとのことです。病院を巡回してそれぞれの手術を見学。術式の細かな違いに始まって、術前準備や補助療法の相違まで「なぜ君の病院ではそんなことをしているのか?」と、ざっくばらんに意見を交換しあった後、よいと思われることすべてを全病院で取り入れた成果が25%の死亡率減少だったわけです。


競争ではなく協力し合うことで地域全体の医療の質を高めることを示しているわけですが、これはアメリカだけの話ではありません。私の勤務する京都市左京区でも、頻繁に勉強会や情報交換を行っています。それが結果として各医療機関、介護事業所のレベルアップ、そして地域全体のレベルアップに繋がっているのです。それがプロというものだと思います。


もっともなお「成果主義」が蔓延しているのがアメリカなのですが、さて日本はどこへ向かうべきなのでしょうか?

2010年8月21日

院長日記

美山町芦生

昨日から1泊2日の夏休み、子どもと一緒に行ってきました。

ツイッター中継でもしようかと思いきや、いきなり「圏外」。そのため、ひたすら自然と戯れることにしました。


まずは芦生研究林。「芦生原生林」と言った方が聞き慣れている人が多いと思います。


案内をしていただいた方の解説のおかげで、その貴重さがよく分かりました。日本海型と太平洋型の移行帯に位置し、植生区分の上からも暖温帯林と冷温帯林の移行帯に当たる(標高600を境に移行)ため、植物の種類が多いとのこと。全面積(約4,200ha)の約半分は人手が加えられていない天然林。この天然林の中には、森林の成立以降大きな人為が殆ど加わっていないと考えられる原生的な部分も含まれています。


第一印象は「もののけ姫」の「シシ神の森」。虫除けに長袖で歩きましたが、林の中はあまり暑さを感じさせませんでした。


人工林の杉林もあるのですが、ブナ、トチノキなどが目立ち、普通の森林とは違います。以前は下草が多く、進むのが大変だったそうですが、最近はシカの増加で草が食べ尽くされ、生えているのはトリカブトをはじめシカが食べない草だけ。増えているだけあって、シカには何回か出会いました。歩きやすくはなっていますが、草がなくなる→そこに隠れていた小動物が減る→・・・で生態系が変わってきているとのことです。ちょっと心配。


宿泊は芦生山の家10年前に美山町が建てなおしたものです。

おかげできれいな建物で過ごしやすさは抜群でした。館長の用意してくれた地鶏すき焼きは、地元でとれた野菜たっぷり。椎茸嫌いの次男もしっかり食べていました。

子どもより早く寝てしまい、睡眠時間は9時間。すっきりした目覚めで、涼しい早朝に散歩ができました。


朝食後は、ちしゃの木庵で鮎取りに参加させていただきました。

庵主に教わったのはちょん掛けというやり方でしょう。竿の先に釣り針をつけ、鮎を引っかけるやり方です。水中眼鏡にシュノーケルで川に入ります。鮎はたくさんいるのですが、動きは素早くなかなか引っかけられません。やっと引っかかったと思ったら逃げられてしまいました。長女は見事に1匹ゲット。父親の威信にかけて・・・、でも捕まりません。段々体が重くなっていくのを感じました。体が冷たく唇は真っ青。芦生といえども日中は30度を超える暑さ。それが心地よく感じるほど体が冷え切っていたようです。粘って鮎を捕まえようとする次男にあきれながら、長女とコーヒーを飲みました。昼食は鮎の塩焼きとカレー。おいしくいただきお腹はいっぱい。心地よい疲れを感じながら、芦生を離れました。


美山町を西へ車で移動していると、携帯が鳴り出し、圏外を脱出したことが分かりました。シシ神の森から里山へ帰ってきた気分。大野ダムへちょっと足をのばし、その後京北町、北区を経由し、人工林である北山杉を見ながら帰宅しました。

2010年8月14日

院長日記

佐村河内守(さむらごうち まもる)交響曲第一番"HIROSHIMA"

今日の午後は、佐村河内守「交響曲第一番」演奏会を聞きに行きました。「核兵器のない世界を子どもたちに」というのが氏の思いです。


2008年「G8議長サミット記念コンサート」で、2010年4月東京で、第1楽章、第3楽章は演奏されましたが、第2楽章を含めたすべてを演奏するのは初めてだそうです。妻、長女と一緒に聞きました。


私「各楽章はどう違うんだろう?」

妻「第3楽章でやっと明かりが見えるんじゃない」

私「第2楽章も最後に鐘が鳴って明かりがあったのでは?」

妻「う〜〜ん」


先ほどNHKが、今日の演奏会について報道していましたが、妻の受け止めが正しかったようです。


私が感動したのは、演奏もそうですが、それ以上に演奏終了後の佐村河内氏の言葉でした。普通の演奏会で聞かれない「核廃絶への思い」を真っ直ぐに話しておられました。「被爆二世の使命」、使命という言葉に感動しました。


核廃絶というと、感情と理性で進めるべき、という意見が必ず出てきます。今日の演奏会は感情に訴える企画ということになりますが、一方で理性は「現実的」「現実追認」になりがちです。感情に裏打ちされた理性が求められています。今年の広島原爆の日の秋葉忠利市長の平和宣言はその原型だと思います。


非核三原則の法制化、「検討したい」と述べた菅首相の動向はきっちりと見守りたいと思います。

2010年8月 9日

院長日記

今日は、長崎原爆の日

長崎原爆の日は、核保有国のイギリス、フランスの代表や、国際原子力機関(IAEA)の天野之弥事務局長が初めて列席して行われました。田上師長が求めた非核三原則の法制化に対して、菅首相も記者会見で「検討したい」と述べたと報じられています。その動向を大いに注目したいと思います。


アメリカの代表が参加しなかったことについて失望の声はありますが、86日の広島原爆の日は、国連事務総長や核兵器を落としたアメリカをはじめ、イギリス、フランスの代表が参加したことなど、今年は歴史的な年だと思います。


ツイッターで初めてリツイートしました。

「広島の平和記念式典に核保有国の代表、国連事務総長などが初参加しているのを見ると、これまで広島、長崎を中心にして原水爆禁止の運動を絶やさず続けてきた人々の営みの重要性を改めて思う。 」というつぶやきに対してです。


ついでに88日のサンデーモーニングを見ながら、被爆者でもある張本元プロ野球選手の「広島の原爆記念館へ来てください。涙なしで見られません」というコメントには、私自身がつぶやきました。「あっぱれ」


各国の思惑はあるにせよ、核なき世界へ、「継続は力なり」を実感します。


継続と言えば、5年ごとに継続している反核平和マラソン、無事に東京から長崎まで到着したようです。

おめでとうございます。そしてこれからも継続を。

2010年8月 2日

院長日記

東京〜広島〜長崎 反核平和マラソン

2010年7月22日

院長日記

原水禁世界大会とワークショップ

今年の原水禁世界大会へ、私の病院から8名参加します。


今日は仕事の後、参加者を中心に学習会をしました。忙しい職場で「平和活動を活性化するためにどうするか」、ワークショップ形式で討論し発表してもらいました。


参加者の中には今年入職した人もいれば看護師長もいます。どうなるかなと思って討論内容を聞いていましたが、結構みんな自分の思い、意見を言っていました。ワークショップは、結論よりは過程を大切にする手法ですが、2つのグループとも地道な日常活動が大切ということになりました。


民医連は「医療・介護・福祉の充実」(憲法25条)と裏表の関係にある「平和」(憲法9条)を統一的にとらえて実践する組織です。

最後に私がそんな話を10分くらいして終わりました。

2010年7月18日

院長日記

水俣病認定基準

水俣病認定訴訟 国の基準否定し原告勝訴 大阪地裁判決

最高裁で水俣病と認められた大阪府豊中市の女性(84)が、国と熊本県に行政としても認定するよう求めた訴訟の判決が16日、大阪地裁であった。山田明裁判長は争点となった現行の認定基準(昭和52年判断条件)について「医学的正当性を裏付ける証拠は存在しない」と否定。そのうえで女性の認定申請を退けた同県 の処分を取り消し、水俣病と認めるよう命じた。

・・・

最高裁が水俣病と認めた被害者の行政認定を巡る初の司法判断。国は現在、3万人を超えるとされる未認定患者を対象に一時金などを支給する新たな救済策を進めている。

・・・

行政から認定されればチッソから1600万〜1800万円の補償金が支給されるのに対し、新救済策の一時金は210万円と隔たりが大きい。

・・・


現象的には補償額の問題が大きいですが、この女性は「行政に水俣病と認めてほしい」と考えていたようです。


水俣病認定訴訟、国と熊本県が控訴へ

 女性は88年、関西の未認定患者が国と熊本県、原因企業「チッソ」に損害賠償を求めた水俣病関西訴訟に参加。二審の大阪高裁判決は、国より緩やかな基準 で水俣病と認める判断を示し、女性らを水俣病と認めた。04年の最高裁判決もこの判断を支持したが、政府が基準を見直さなかったため、女性が提訴していた。


結局、国と熊本県が控訴をしたため、補償金の問題も含めて先送りにされました。

水俣病は、発生当初に地域住民の健康被害調査をせず隠蔽しようとしたためこれだけ複雑になってしまいました。


一昨日の私の外来にも2人の水俣病患者(保健手帳取得希望)が来ました。明日は、大阪で水俣病一斉検診。まだまだ診断されていない被害者はたくさんいるはずです。

2010年7月17日

院長日記

ツイッター

ついに始めました。

と言っても、器械好きの妻の援助を受けて、ヨタヨタと始めたところです。

朝は祇園祭、昼は中途障害者の会、夜は歓送迎会・・・とつぶやいていますが、明日からどうなることやら。

2010年7月17日

院長日記

京都中途障害者の会

今日の午後、京都中途障害者の会(仮)が発足し、参加してきました。

人生半ばにして、事故や病気により障害者になった人たちが気楽に集える場をつくろうとの趣旨です。障害種別の会はたくさんありますが、京都には中途障害者を横断的につなぐ会はないようです。


障害を持つことは不幸だけれど、(いろいろな体験をしたり運動をしたり)悪いことではない。

そういう意味での「障害者の役割」はあるが、そのことがわかるまで時間がかかる。

障害者の権利を主張することが難しい時代になっている。みんな余裕がなくなっている。


盲導犬を連れていた人が、心ない人の非難でバスから降ろされた。それを問題にする人が誰もいなかった。ーこれには是非投書をして問題にすべきという意見が多数


ベトナムでは障害者を扱う医療機関などはわずかだが、家族たちが必死に関わり運動させるので拘縮がない。ーへ〜〜〜


閉じこもっている人も多く、障害者をひとりぼっちにしないことが大切。


若い学生たちも多いに参加してもらい理解してもらうことが大切。


などなど、いろいろな体験、意見が出ました。

私はたまたま参加したのですが、行きがかり上「顧問」になってしまいました。

次回は1017日(日)の14時から。

なかなか面白い会になりそうです。

2010年7月13日

院長日記

祇園祭

今週土曜日は祇園祭。


私は学生時代にアルバイトで長刀鉾(なぎなたぼこ)を引きました。朝の6時半くらいに集められ、9時くらいから昼過ぎまで引き続けた記憶があります。永六輔さんがゲストでテレビ中継していたこと、山車(だし)を方向転換させる(辻回し)のが大変であったこと、山車からエンヤラヤーと音頭取りが扇子で引くように指示したのにみんなが一斉にサボタージュしたため動かないことが1回あったことなど、なつかしく思い出します。日当は2,800円だったと思いますが、ちょっと曖昧です。


ところで、昨年初めて映画「祇園祭」(1968年作 製作=日本映画復興協会 配給=松竹)を見ました。主演は中村錦之助、岩下志麻、田村高廣などですが、永井智雄、田中邦衛、志村喬、小沢栄太郎、三船敏郎、下元勉、渥美清、北大路欣也、下条正巳、高倉健、美空ひばり、・・・と豪華な俳優がちょい役も含めて出てきます。


応仁の乱で町衆、農民、馬借などが苦しみ、侍に対する不信がつのり、・・・途絶えた祇園祭を復活させるが・・・、というストーリーですが、権力に対して支配されている者同士が力を合わせていくくだりは圧巻です。今とは時代が違うとは言え、よくこんな映画を作ることができたものだと思います。政治的妨害や圧迫、経済的な困難があったようですが、当時の蜷川虎三知事の協力もえて完成させたとのことです。


諸事情で年に2日間、京都文化博物館でしか見られません。7月15日(木)、17日(土) 13:30、17:00の2回上映です。

http://www.bunpaku.or.jp/exhi_film.html

映画もすごいですが、原作がさらに面白いです。西口克己氏作で絶版になっているようですが、古本がネットなどで得られます。是非おすすめです。

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