医療

2012年1月19日

医療

あらためて医療・介護従事者として京都市長選挙に思う

いよいよ122日に京都市長選挙が告示され、25日が投票日。この選挙への期待を、私は昨年1225日付けブログに書いた。「国民健康保険料の引き下げ、子供の医療費の拡充、使いやすい介護保険など是非実現してほしい」は、医療・介護に従事する者は誰もが願っている。私の病院へ今年の12日当直中に受診した30歳代喘息患者は、国民健康保険証を持っていなかったばかりに、丸1日喘息発作を我慢し、もう少しで呼吸が止まるところだった。

「経済的困難で71人死亡」全日本民医連の調査による結果だが、こうした悲劇を私たちは繰り返したくない。

ところが、昨日届いた「京都府医師連盟通信」を見て驚いた。「われわれとしては、これまで4年間、門川市長がおやりになった中で・・公約の数多くを実現してこられております・・さまざまな財政改革を行われて・・その推薦を常任理事会で決めていただいた・・」とある。

2008年の門川氏マニフェストはネット上で見ることができないが、手元にある医療・介護分野のいくつかを検証すると、

夜間小児救急医療体制の強化

→休日急病診療所は3カ所から1カ所へ減らされた

看護短大の充実→実は廃止した

京都市立病院に「心臓・脳・血管疾患センター」を設置

→今回のマニフェストにも全く同じ記載がある。4年前のマニフェストができていないことを認めているのだ。だがもっと大切なのは、京都市内の現在の医療状況を冷静に見て、新たに市民の税金を投入して「心臓・脳・血管疾患センター」を作ることが求められているのだろうか、という点である。その財力があるのなら、府と市の二重行政を廃止して、医師不足・医療資源の不足する京都府内の充実に投入する方がいいと、私は思う。

さらに今回のマニフェストを見ると

「市独自の財政支援により国民健康保険料の負担軽減を図ります」「通院医療費助成を、入院医療費と同じ小学校卒業までを対象に拡充します」とある。これらは大切なことであり是非実行していただきたい。しかしその前に、黒字であるにもかかわらず3年連続国保料引き上げをしたこと、国保証取り上げ、国保料払えない人の差し押さえをしてきたこと、保護者の請願を無視してきたことの反省をするのが筋だろう。

こうした実態を「京都府医師連盟」はどう考えているのだろう?

「公約の数多くを実現」したとはとても言えない。評価している「財政改革」も低所得者の多い国保世帯に負担をかけ、看護短大廃止など公的責任放棄で行うのであれば、本末転倒だ。医療界は弱肉強食の「市場原理」、「財政改革」最優先の小泉改革に一丸となって反対してきたはずだ。「連盟」の現市長推薦理由はとても納得できるものではない。団体として、これまでのしがらみや補助金などでそうせざるをえないとすれば、とても残念だ。

「独善的な現市長だが他に選択肢はない。医師連盟は論理ではない」。普段極めて論理的な話をし、多くの方から一目置かれている医師からこの言葉を聞いた。これを乗り越えない限り、目の前の患者の命と健康を守ることに真面目に取り組んでいる多くの医師の努力にも関わらず、医師・医療界への信頼は回復できない。

中村和雄「市政刷新プログラム」の 4.医療・介護・教育・子育て・・・いのち、くらし守る京都市政を実現します、に医療・介護者の真の思いがこもっている。


2011年11月12日

医療

「舞鶴・日本の医療と社会保障とTPP」

表記タイトルで、本日(11/12)舞鶴社保協主催の学習会で講演してきました。

絶妙のタイミングで、京都新聞の118日付けに「4公的病院「分業」 舞鶴市の医療再編修正案」が掲載されたので、このことを話題にして話をしました。

元々の舞鶴医療再編案は、京都府が昨年1月に「中丹地域医療再生計画」として出しており、舞鶴の公的3病院(医療センター、市民病院、日赤)を再編し400床規模の新病院を作ろうというものでした(京都府案)。ところがそれに異を唱える多々見氏が新市長になり、今回舞鶴市の見直し案を踏まえた公的3病院(医療センター、共済、日赤)は連携し救急医療体制を確保する、市民病院は改修・建替え等の検討を行い療養病床に特化して後方支援を行う、という形でまとまりました(今回案)。両案の3公的病院の中味が異なるのは、共済病院が京都府案の新病院に参加しないと表明したことに起因します(その時の共済病院院長は現多々見舞鶴市長)。

京都府案は大きな病院を作ることで医師を集める条件が高まるが、61億円の財源を捻出しなければなりません。今回案は国の基金25億円を活用すればそれ以上の負担はないが、これまでも連携は行われてきており医師確保の不安は残ります。

舞鶴社保協はどちらかの立場に立つということではなかったようなので、上記を前提にして可能な限りどちらかを選択する条件で挙手を促したところ、京都府案:今回案:どちらでもないは、5:4:1の結果でした。舞鶴市民も意見が分かれるのです。

私はどちらかの立場を推薦することはせず、医療者と地域住民と行政の共同が大切であると述べてきました。正解は1つではないからです。

医師数、特に勤務医が減少していることが中丹医療圏の問題なので、強いて言えば京都府案の方が将来性はあります。しかし専門医だけが集まっても、高齢化が進む地方の医療は守れないので、どういう医師をこの地域で養成するか、とりわけ総合医養成は大きな課題です。医療者にはその覚悟が求められます。行政には新病院から遠くなる人に対して交通手段を確保する責任が出てきます。

とは言え、これから今回案を基礎に事態が進みます。これまで以上に病院間の連携が、医療者やこの案をまとめた行政には求められるのです。徹底した機能分担による専門医の集中や、医師でもある多々見氏の「人脈」による不足する分野の医師確保が必要です。

それでは地域住民には何が求められるのでしょうか? この間この問題について、地域住民が関与できたのは2月6日の舞鶴市長選挙だけでした。今大切なのは、今回案に基づく舞鶴の医療がどうなるのか、住民目線から見た意見をしっかり伝えることだと思います。またこの案が実践された時に問題点が生じたならばその内容も伝える必要があります。今回案をまとめた行政と地域医療を担う医療者はその意見に耳を傾けなければなりません。

その上でやはり病院再編が必要であると判断されたらなら? 「将来的に舞鶴市民病院を除く3病院が上部団体の管理から外れた時に1つに纏めるべき」という立場ではなく、上部団体を説得する立場に立つのが行政の役割でしょう。医師である多々見氏ならできるはずだし、しなければならない仕事だと思います。

なお今日は、この他にも「東日本大震災」「北部医療の課題

」「社会保障と税の一体改革」、「TPPの医療に及ぼす影響」、「受診時定額負担」など、多岐にわたり話をしたので、後半の私の意見はほとんど述べることはできませんでした。これは、その反省も込めて書いたブログです。

2011年10月16日

医療

ドクターズ・ランニング in 大阪

2011年10月10日

医療

WHO「障がいに関する世界の報告」

非常勤講師をしている立命館大学での「リハビリテーション論」。毎年「障がいの概念の変遷:ICIDHからICFへ」と題して、臨床の実例を示しながら障がいについて講義するのですが、今年はWHOが6月9日にWorld report on disability障がいに関する世界の報告)を発表したので、講義に付け加えようと頑張って読んでみました。

とは言え英語で310ページなので、全部を読むわけにはいきません。ここはというところは丁寧に読みますが、あとは流し読み(ながめているだけ?)になります。でも基本的な考え方はICFに基づいて、「社会参加」を重視しています。

内容は9章で「障がいの理解」「障がいー全体像」「一般的な健康管理」「リハビリテーション」「援助と支援」「環境改善」「教育」「仕事と就労」「今後に向けた勧告」。

実は、障がいの定義は国により異なります。この報告では、いくつかの指標を使用して世界の障がい者率を算出しています。それによれば、世界の人口のおよそ15%は何からの障がいを持ち、2〜4%は重度の障害を持っています。1970年代の10%より増えていますが、これは人口の高齢化や慢性疾患の増加、障がいを判定する方法論の向上などが寄与しているとされています。

目につくのは、先進国よりも発展途上国、女性、高齢者の方が、障がいの発生率が高いことです。またどの国も障がい者の就業率は健常者と比べて低いですが、これも発展途上国の方がより低い傾向です。しかし驚くことに日本はその発展途上国よりも低いのです。

「今後に向けた勧告」も9つあり、「すべての政策、システム、サービスが利用できるようにすること」「障がいを持つ人のための個別のプログラムやサービスに資金を提供すること」「国の障がい者対策、アクションプランを採択すること」「障がいを持つ人を巻き込むこと」「人的資源を向上させること」「十分な資金を持ち余裕を持たせること」「一般の人の認知、障がいの理解を高めること」「障がいのデータ収集を向上させること」「障がいについての研究を強め支援すること」。そして「勧告を行動に移すこと」を呼びかけています。

この報告書、勧告は主に発展途上国向けに書かれていますが、日本については取り入れることが多そうです。私はリハビリテーションの基礎は医学的リハだと思いますが、社会的、職業的、教育的リハなど他の領域も重要だと思います。ここにも書かれていますが、リハビリテーションの目標は、本人と環境整備の両方ですから。

2011年9月10日

医療

『ランセット』日本特集号「国民皆保険達成から50年」

The Lancet(ランセット)は世界的な評価の高い医学雑誌。そのランセットが日本の医療特集を行った


「日本が本年国民皆保険達成から50周年を迎える機会にその経験を国際社会に共有することを目的として出版日本が短期間で長寿社会を実現した要因 保険制度の長所と限界高品質低コスト医療の実態急速な高齢化に対応する介護保険制度導入による成果と課題保健外交における日本の優位性と役割を主要 テーマとして科学的分析と検証を行い国内外に向けて提言を行っているランセットではこれまでにメキシコ中国東南アジアインド南アフリカの特集号を組んでいるが先進国単独で特集を組むのは日本が初めである。」

 

昨日、近畿高等看護学校の講義「国際看護」を行ったが、国際的視点から見た日本の医療の参考に読んでみた。


私が興味を持ったのは、以下の点。

日本の平均寿命が世界一になったのは、「衛生的な文化,高い教育水準,平等主義的な社会,そして,特に結核を撲滅するための公的保健医療制度・・・」

塩分摂取量の低減を促進する公衆衛生活動および降圧剤による高血圧のプライマリ・ケアでの管理が,脳卒中死亡率の低下に大きな役割を果たした

「虚血性心疾患および一部のがんの危険因子が元々低かったことから多大な恩恵を受けてきた」

懸念は、「他の先進国に比べてタバコ消費量が多いこと,肥満度指数が少しずつ上昇していること,自殺率が高く,また上昇していること

「日本食は日本人の健康改善に本当に貢献しているのだろうか」明快な回答はない。

「医療の質の構造的側面およびプロセス面はアウトカムにとってさほど重要ではない」→「保健医療サービスの利用機会の拡充を図ることと,医療費の支払いによる世帯の貧困化を予防することの2点を,優先的政策目標とするべき」

「構造的側面およびプロセス面から評価すると医療の質は不十分なのに,なぜマクロ的健康指標や入院治療から評価した医療のアウトカムが良好であるのかという問いに対しては,個々の医師の高い職業倫理がその説明になりえる」

「公的介護保険制度が家族介護者の負担を軽減したことを示す実証的根拠は少なく,また,広く支持されているにもかかわらず,一般的にこの制度は不十分であると批判されつづけている」

「専門家団体と病院団体は,医療の質の改善に取り組んでいることを一般国民に示し,自らの取り組みを透明化する用意があることを示せば,より有利な立場で保健医療資源の増加を要求することができるだろう」

 

言い変えれば、衛生的な文化、高い教育水準による減塩政策の成功、民族的な有利さで平均寿命を高くできた。しかしタバコ消費量が多く、肥満度が上昇し,自殺率が高く今後は予断を許さない。

平等主義的な社会が有利に働いたが、格差の拡大により医療へのアクセスが困難になってきている。

日本の医療を支えているのは個々の医師の職業倫理。

今後さらに医療の透明化が必要。

これらは、健康の社会的決定要因(WHOそのもの。


これらの概要を話しつつ下記の内容を話したが、どれだけ伝わっただろうか? 写真を多用して分かりやすくしたつもりだけれど・・・。

 

日本の医療の国際評価はトップ(WHO 2000)。

日本は先進国で最も医療にお金をかけていない(GDP 8 %)。

日本の「実質患者負担割合」は先進国で最も高い(ヨーロッパでは窓口負担は無料が基本)。

「実質患者負担割合」=保険料負担のうち被保険者負担分+患者自己負担分+差額ベッド代

20年間で、医療費のうち国と事業主負担は減り、家計と自治体負担は増えた。

日本の医師数は人口当たり先進国で最低レベル(1,000人当たり日本2.1人、OECD諸国3.1人)であり、その差はさらに開きつつある。

医師労働は労働基準法違反状態が常態化している(長時間労働)。

産婦人科医、小児科医は減少傾向にある。

特に若手医師の中でその傾向が強かったが、最近やや増加してきている。

産科施設、小児科のある病院が急減している。

急速に女性医師が増えているが、諸外国に比べるとまだ少ない。

20歳代の産婦人科医の2/3は女性である。

病院も含めて民間医療機関が多い(ヨーロッパでは病院は公立)。

2004年の新臨床研修制度開始以降、大学病院で研修を始める医師が激減した。

2011年7月18日

医療

「効率」について

効率的と非効率的。どっちを選ぶと問われたら、普通は効率的を選ぶだろう。しかし効率的とは何か?と正面から問われると、意外と答えにくいものだ。特に医療における効率は、その定義をはっきりさせないと結論が変わってくる。


「日本神経治療学会」の学会誌、今年のN.3「特集 脳卒中のトータルケア」に「急性期から回復期リハビリテーションへの連携」というタイトルで一文を載せた。「脳卒中リハビリテーション患者データバンク」「リハビリテーション患者データベース」に登録された患者データを分析し、医療連携の効率をみたものである。


主な結果は、以下の通り。

1)脳卒中について、急性期病院と回復期リハ病棟を持つ病院のそれぞれの取り組みで、早期に転院し早く濃厚なリハビリを受けることは可能。

2)熊本は地域ぐるみで1)に取り組んでおり、結果として総入院日数は短縮できている。

3)しかし回復期リハ病棟での費用削減効果は認められない。


3)の理由は難しくない。熊本では1日当たりのリハビリをたくさん行うので、それだけ費用がかかるのである。リハビリの世界では、1日当たりの日常生活動作の改善を重視する。これを効率の指標にすると、熊本の効率はいいことになる。しかし費用に注目するとそうはならないのだ。


だれでも、入院期間は短い方がいいと思うだろう。早く体の障がいを改善させて早く帰りたい。そのために「連携」を重視することに異論はない(話を単純にするために、帰りたくても介護条件が整わず帰れない人のことは、いったん脇へおく)。しかし、それは必ずしも費用が安くすむということではない。


最近は、効率的=費用の削減と短絡的に考える傾向があるが、そんな単純なものではない。医療や介護の目的は、あくまでもその人を中心に置いて考えたいと思う。結果として、費用が少なくてすめばそれにこしたことはないが、最近の「税と社会保障の一体改革」のように、くれぐれも費用削減が目的にならないようにしたいものである。

2011年2月19日

医療

救命救急センターと丹後の医療を考える懇談会

「救命救急センターと丹後の医療を考える懇談会」本日与謝野町で行われました。私は、問題提起、助言が求められました。120人くらいが参加し活発な意見交換をしました。

京丹後市の吉田さゆみさんは、但馬救命救急センター(兵庫県豊岡市)のドクターヘリの出動件数の約22%が府内からであることを示し、「府北部に救命救急センターの設置は待ったなし。 声をあげ、運動したことで、京都府もセンターの検討を始めると府議会で表明した。実現へ運動を広めよう」と呼びかけました。

私はちょうど1年前にこの会場で話した、日本の医療の事実(少ない医師数・医療費にもかかわらずWHOによれば世界一と評価されている)、京都の医療の事実(府としては日本で最も人口あたり医師数が多いが、京都市・乙訓医療圏以外はすべて日本平均を下まわる)、北部医療の問題点(府立医大頼みで開店休業の府医療対策本部、医師数・勤務医減、与謝の海病院や舞鶴4病院の役割、医療圏・府県を超えた医療連携の欠如など)を前振りに話しました。

最も話したかったことは、地域医療は、行政、医療者、住民の共同作業でつくるものであり、当事者としての地域住民が重要であるということでした。

意見交換で、近隣の 病院への苦情をいっぱい聞きましたが、実はそれを変えていくのは住民の声。

準備の過程で調べた但馬救命救急センタードクターヘリの実践はすごいです。ブログを見ると、写真や動画が満載で、今やれることをやりながら、同時に宣伝をして若い医師を集めようとしています。この病院のこの部門は伸びる! そのことを確信させる内容です。

救命救急センター作りが今回の懇談会の重要なテーマ。丹後、舞鶴、福知山など北部では、医療を完結できない救命体制の問題を抱えています。運動の進め方は、それぞれの地域で起こっている救急体制の問題点を出し、救える命が救える体制を要求していくことが大切だと思います。

とは言え、救命救急センターをたくさん作れるわけではありません。それを補う仕組みが必要です。ドクターヘリ、ドクターカー、医療圏、府県を越えた連携は有効なはず。京都はそれが極めて不十分です。

人口当たり最も医師数の多い京都でできないことは、どこでもできません。京都府が国民健康保険一元化を言い出したわけですが、本気で保険料を統一するのなら、医療の地域格差もなくさないといけないはずです。

また、救急救急センター作りとともに、各病院で何ができ何ができないか情報公開を行い、診療所、介護事業所などを含めた連携を進めることが大切です。

あらためて、地域医療をつくるのは、行政、医療者、住民。特に当事者としての住民の果たす役割は大きいです。しかしそれを引き出すために行政は金を出し、医療者の力を結集させる政策能力を高めなければなりません。医療者と一緒になって、府内のあらゆる地域に必要な医療体制をつくることが、京都府には求められているのです。

ところで意見交換の中で、癌の放射線治療患者の話がでました。毎日通えと言われても、数10km離れた福知山までは大変。生活もかかっています。入院できないなら、病院近くに宿泊できる保障が有効かもしれません。住民要求と行政効率、医療者の見方をあわせると、解決策がきっと見えてくる、と思います。

また政治革新と医療の関係も質問が出ました。私は医療と政治は制度という点で密接に関係していると思いますが、日本医師会長と全日本民医連会長が「国民皆保険を守る」「社会保障を充実させる」など根幹に関わるところで一致しているわけなので、立場を超えて大いに一緒に運動を進めるべきではないかと答えました。

「病院と住民が率直に話し合いできるようにしたい」主催者のまとめの一部です。そんな動きがきっと地域医療をよくします。私個人としては病院内の仕事で大変な中でしたが、来てよかったと実感しました。

2011年2月 5日

医療

地域医療-再生への処方箋-を読む

城西大学経営学部マネジメント総合学科伊関友伸准教授の名著です。20091125日に初版が発行されているのですが、私はこの年末年始に読みました。第一章の「なぜ自治体病院の経営は崩壊するのか」に始まり、奈良県(第二章)、沖縄県(第三章)、夕張市(第四章)、兵庫県丹波市、千葉県山武地域(第五章)の状況から課題、教訓を導き出し、第六章「まちの病院(医療機関)」をなくさないために必要なこと、第七章自治体病院の「赤字」について考える、へ続きます。

なぜ自治体病院の経営は崩壊するのか? 「お役所病院」「お役所組織」の病理にあります。「医療や病院経営の専門家でない市長や行革・財政担当が権限(お金)を握っており、行政の論理で意思決定を行うという、自治体病院の運営の弱点」「県庁に病院のプロがいない」「病院に愛着もなく2~3年で異動してしまう職員」と容赦ありません。「総務省ガイドラインは病院財務の改善に関心が行き過ぎている」と国のあり方も批判し、必要な「ニーズ」ではなく欲望のままに「ウオンツ」を押しつける「地域住民」へも苦言を呈しています。

解決法については、「再生には教科書的な答えはない。現場での実践の中で、解決策を模索していく以外にはない」と明快です。「行政が机の上で絵を描き強制的に進めてもうまくいかない」「大事なのは『現場』」「現場で働く医療スタッフの同意、特に医師の積極的な賛同が必要」「現場の職員が本気になる必要がある」と現場の大切さが繰り返し出てきます。運動団体へも「現状維持を唱えて反対するだけでは・・・地方独立行政法人どころではなくなる可能性もある」と厳しい指摘をし、医療だけでなく、福祉、健康づくりを一緒に行う本当の意味での「地域包括ケア」の重要性を述べています。

「地域で医師を育てる以外にない、住民の協力、医師が働きたくなるような地域や病院をつくらなければ医師は勤務しない」、医師にとって来てよかったと思える環境づくり(勉強できる、達成感がある、報われる)は決定的に重要です。これは看護師をはじめとするコメディカル全体に当てはまるでしょう。すぐに診てもらえる利便性だけで夜中に病院へ行き医師を疲弊させる「コンビニ受診」をやめようと住民自らが運動をしてきた「県立柏原病院の小児科を守る会」の活動は高く評価されています。もちろん「病院自体が(大学に頼るのでなく)自前で医師を養成する」覚悟を持つことは大切なのですが、「住民が住民に対して働きかける」「地域の医療は地域の住民が守る」ことの重要性は繰り返し強調されています。

それでは行政の役割は何でしょうか? 財務の視点しかなく「選択と集中」だけを強調する「総務省ガイドライン」を批判し、「医療費全体の底上げ」「相当額の税金を医療に投じる覚悟」を求めています。

著者は、新しい「まちの病院(医療機関)」像を再定義し、医療だけでなく福祉や健康づくりとの連携を考え、効率的な質の高い、やりがいのある、住民を当事者とした病院(医療機関)としています。地域の実情に応じた「まちの病院(医療機関)」を、既存の施設の活用も含めてつくっていくのが行政にもとめられているのでしょう。そのために著者は、まずは「行政が医療スタッフに歩み寄る」こと、行政と医療者の「共通言語は『質の高い医療』」であり、首長のリーダーシップ、「医療政策担当課や自治体病院担当課の能力(専門性)を高める」必要性を述べ、住民に「当事者」としての覚悟を求めています。

何でも民間頼みでなく、「自己変革を行った自治体病院を含めた様々な経営主体が混ざって切磋琢磨することが適切」「民間病院と自治体病院などの公的病院が共存して競争していくことが結果として地域の医療の質を向上させる」という考えに私は共感します。

「健康づくり政策によって、国保医療費が軽減された結果、自治体病院の患者が減少して収益が減少しても、行政全体としても大きな問題はない」と著者のスタンスは明快です。「自治体病院のオーナーは最終的には住民」「その時必要なことは行政の情報公開」。

この本を読み、崩壊した医療を再生させていくために、医療者、地域住民、行政それぞれが共同しなければならないこと、医療者、地域住民の主体的な力が発揮できる環境づくりの重要性を感じました。それはまちづくり、民主主義の前進にほかなりません。あらためて、「一人ひとりの能力が最大限に発揮できる社会が最も効率的」という私の考えに間違いがないと確信をしました。

医療崩壊に苦しむ地域に住んでいる方々、運動団体の方々に是非読んでいただきたい本です。

2011年1月10日

医療

医療制度と医療内容

地域医療は再生する」。洛和会音羽病院松村理司病院長が編集された力作を読みました。

最近は「医療崩壊」について取り上げられることが多くなっていますが、本書は医師の立場から現状と解決法が述べられています。

そしてそのカギとして「病院総合医」(=臓器専門医でなく総合的に患者を診る医師)の役割を重視しています。あとがきに「医師の絶対数が同じなら、総合医が多く専門医が少ない構造の方が、その逆より病院崩壊を来しにくい。また病院再生につながりやすい。特に専門特化していない中小病院において」と書かれていますが、そこに松村医師の思いが集約されています。氏の病院で、救急、他科の手伝い、感染症対策、医師養成、医療安全と、総合医が果たしている姿が描かれています。

日本は中小病院が多く、今後超高齢社会を迎えるため、総合的な対応が求められるという指摘、病歴聴取、身体診察を重視し臨床推論を行い、簡便・迅速・低侵襲・低価格の検査、治療を行うという総合医の考えに、私も同じ意見です。

これまでよりは、専門医よりも総合医、家庭医志望の医師が増えており、私たち民医連も実践的には以前から、今は意識的にその養成に取りくんでいますが、まだまだ少ないのが実態です。もちろん専門医の役割は重要であり、その力を活かすためにももっと総合医を、というわけです。

地域包括ケア、病院の集約化、医師数をどれくらい増やすべきか、などさまざまな医療政策が論じられており、それぞれ大切な課題ですが、医療の中味、担う医師がどうあるべきかは、もう一つの大切な論点です。

本書では、主に病院内での役割を中心に書かれていますが、超高齢社会のもとで私は在宅や施設での医師・医療の役割が増大してくると考えます。これまで以上に認知症や障がいを持ち、癌にかかる人が増えるわけですから、リハビリテーション緩和ケアの必要性が大きくなってきます。地域住民やコメディカルスタッフと一緒に、生活の場で適切な医療を行える医師が求められると思うのです。

時代の転換点、経済をはじめあらゆる領域で従来の枠組みを超えた取り組みが求められていますが、医療(介護、福祉を含めて)にも当てはまると言えるでしょう。

ところで、この本の中である医師が、「現在医師不足を抱える地域にそれぞれ『臨床推論を教育することのできる総合医』を派遣すれば、3〜5年でその地域に医師がある程度集まり、それによって医師数の地域間格差を是正できる可能性があるのではないか、とすら考察できる」と書いています。京都府内でもそうした病院がでてきていますが、もっと加速し地域間格差をなくしていく必要があると思います。

2010年10月 9日

医療

全国国保地域医療学会

50全国国保地域医療学会が、108日〜9日、京都国際会館で行われました。


全国国民健康保険診療施設協議会(国診協)などが主催し、「国民健康保険診療施設関係者等が参集し、地域医療及び地域包括ケアの実践の方途を探求するとともに、関係者の相互理解と研鑽を図ること」が目的となっています。主に僻地に位置し小規模な病院、診療所が多いこの施設群がどうなるのか、また地域包括ケアを最初から理念に掲げている団体の動きを知りたくて、2日間参加しました。


結論から言えば、地域住民を中心にしながら、志高く地域包括医療・ケアを実践している団体で、背筋が伸びる思いでした。


国保直診開設者サミット「国保直診が輝くために」。地に足をつけて、必要な医療を専門の枠を超えて取り組む医師の姿は大したものです。コメディカルとともに、研修医、医学生を巻き込み、住民参加が意識されています。


規模の大きな病院も、僻地にあるため周辺の診療所や施設と連携しながらアクティブな活動をしています。ここと連携している特別養護老人ホームでは6割を施設で看取っています。こうした報告を聞くと、公立がダメと単純には言えません。トップのリーダーシップが大切だとつくづく思いました。税金を投入し、公を見る目が厳しい時代だからこそ、存在意義が問われています。


シンポジウム「地域連携体制の構築」では、ある病院長が、「高齢化率45パーセントの病院の目的は生活自立障害を持つ方を支える地域の力を向上させること。入院ベッドはそのバックアップ」と断言していました。訪問診療、訪問看護、訪問リハなどに取り組み、地域=コミュニティーづくりを実践していました。


一方で、市町村合併によりこれまでの顔の見える関係がなくなった、病院・診療所も合併を余儀なくされた、経営圧力が厳しいなどのさまざまな苦労がいたるところに出ていました。国の補助金も大幅にカットされそうだということがフロアーでなされていました。先進的取り組みをしているところは、身を粉にしてリスク覚悟で医療・介護現場や市町村を守っている、という印象でした。


僻地医療のやり甲斐は、トータルに予防、医療、介護などに関われること。厳しい時代ですので、覚悟が求められるのはやむを得ないけれど、リスクになるのは本末転倒です。


一般演題も興味深いものが多く、肺炎球菌ワクチンの公的補助で、接種率が14倍に上がった町の報告がありました。やはり予防が一番。来年度予算でワクチンの補助が拡大されると報道されていますが、大いに期待したいところです。


京丹後市には小児科医は2人、1人は勤務医、1人は開業医。うまく連携することで、体制の充実、患者の利便性の向上、経営の改善ができています。こんな良循環を地域の中でつくっていきたいものです。


私の病院でも活かせそうな報告もあり、早速取り入れたいと思います。

私たち民医連は「無差別平等の医療と福祉の実現」をめざし、社会に対する存在意義を持っていると自負していますが、この団体もすごいと思います。ここが掲げる地域包括医療・ケアは理念があり格調高いのですが、国の地域包括ケア研究会報告書」保健サービス(健康づくり)の観点が欠落しやたら財政の話が前面に出ており生臭く息が詰まる、と感じるのは私だけでしょうか?


なお、公立病院改革ガイドライン、公立病院改革プランについて、「それは総務省が考えたことで厚労省とは摺り合わせなし」と厚労省役人が発言したのは印象的でした。


参加しながらのツイッターで30回もつぶやいてしまいました。

http://twitter.com/#!/yusukemonkyoto

1  2  3
ブログトップページ政策の記事を読む