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2011年2月16日

院長日記

病院の世紀を超えて

週刊医学界新聞に載った「病院の世紀を超えて」は、猪飼周平氏の「病院の世紀の理論」をベースにした対談ですが、大いに共感をしました。対談の相手は松田晋哉氏。医療界ではDPCDiagnosis Procedure Combination;診断群分類)の開発者として著名ですが、「利他的で社会民主主義的な社会が望ましい」とこの対談で述べているように、「社会民主主義者」を自称しています。一度講演を聞いたことがありますが、分かりやすく筋が通り同時に暖かみを感じさせる語り口は魅力的でした。

対談は、先進国で最も高齢化率が高くなった日本が世界のモデルになるには、地域をベースに健康不安のない成熟したコミュニティーの再構築が必要であることを見事に示しています。

以下、引用とコメント(→)です。


「あと10年もすれば,年間150万人が死亡する時代がやってくる」

「『診療所の延長線上としての在宅ケア』ではなく,「『入院医療の延長線上としての在宅ケア』を考えていかなければいけません」

→24時間365日の医療・介護体制が地域に必要です。


trustのある社会」を思い描き、「自己責任ではなく社会連帯論に基づいた社会であり、構成員はおのおのが社会システムの維持に対して責任を負うべき」

「障害は確率的に出てくるものですから,個人の責任に帰するのではなく,社会全体で支えていくのを本来の原則とすべき」

「人々から自発的なエネルギーを調達するためには,理念が示されることは決定的に重要である」

「昨今の高齢者医療制度改革をめぐる議論などは,理念がほとんど語られていない点に不満を感じます」

→めざす社会の理念が示されていないことに多くの国民の不満、政治不信があるのだと思います。自己責任論でなく社会連帯、参加ができるように、権利としての社会保障を機能させることが大切です。


「医療者の労働環境が大変に厳しいことは心底理解できるのですが,ただ,もう一歩先の話,つまり『どういう社会をつくりたいのか』を医療界から発信していくべき・・・それは結局まちづくり」

「高齢者のニーズは医療だけではありません。まちづくり,コミュニティの基本デザインがあって,そのなかに医療も介護も位置付けられるべき」

→医療・介護はまちづくりのためにあるのです。


「生活と医療は常に混在している」

「診療報酬・介護報酬の支払いに柔軟性が必要・・・病院の空いた病床で生活している人がいたって別にいい」

「社会的入院も,高齢者にとっては合理的な選択・・・彼らを地域に戻すのであれば,地域のなかに代替機能を持たせなければなりません。コミュニティでケアするという視点が必要」

→「社会的入院」には必然性があることを日々実感します。解決のためには追い出しの「北風政策」ではなく地域で安心して暮らせる保障、「太陽政策」が必要です。


「急性期病院と在宅は将来の存在理由が明確・・・自治体病院を含む先端性の低い病院群から老健・特養などの介護施設に至る中間領域の施設群に対しては積極的な位置付けが与えられていない。・・・その中間領域にある重層的なニーズをどう評価していくか。全体として機能しているものを,個々の要素に分けてしまうと評価ができなくなる」

「医療と生活の『混在』はあったほうがよい」

「病院と地域ケアセンター,高齢者向けの住居が複合施設になっていてもいいわけですよね。それはアジア的なまちづくりです。欧州は機能で分けて物事をつくっていきますが,国民性としてアジア的な混在のほうが向いているのかもしれません」

→是非そんな制度をつくりたいし、私の病院もそんな病院にしたいと思います。


「『コミュニティの中心として特に重要な場所は何か』という質問項目があります。結果は学校が1位で,興味深いのは福祉・医療関連施設が2位だった」

「病院や施設がもっと地域にひらかれることが大切」

学校、福祉・医療関連施設は若い人たちが学び、働く場でもあり、地域に開かれることはとても重要です。


「地域の『支える力』をどう養うかという基本設計も同時に考えていく必要があります。しかし,町内会の組織率なんて年々下がっていく一方で,『支える』基礎体力はどんどん落ちているわけです。ヘルスケア関連職がそこで果たすべき役割は大きい」

「血縁や地縁が薄れていくなか,社会の単位としては小さなグループが地域のなかに重層的にあるほうが望ましい・・・同じ関心を持つ人による集団活動――金子勇先生(北大教授)のいう「関心縁」がキーワードになってくる。高齢者の場合はまさに"健康"が関心縁」

→医療・介護事業所が、新しいコミュニティの核になることは必要ですが、そのためには そのためにはもう少し余裕がほしい、というのが実感です。そんな社会をつくってこそ世界のモデルになれるでしょう。


「病院の世紀の理論」も是非読んでみたいと思います。うず高く積まれた本は増える一方ですが・・・。

2011年2月 6日

院長日記

木津川マラソン

寒いのは苦手で、いつもは冬眠に入るこの時期、今年は思い切って今日の木津川マラソンに参加しました。さいわい暖かかったのですが、毛糸の手袋にゴム手袋をはめても、なお途中は冷たくなり温めながら走りました。

昨年1123日の福知山マラソン以来長い距離は走らず、3km弱のジョギング通勤だけでしたが、その成果を試す機会でもありました。「長い距離を走るためには長い距離を走る練習をすべし」、それが常識なのですが・・・。

予想通り15km過ぎくらいから足が重くなって、ズルズルとスピードが落ちてきましたが、なぜか20kmからまた足が軽くなり、スピードが上がってきました。30Kmくらいで、3時間半を切る計画が浮かんできました。

がしかし、33kmを過ぎた残り9kmでまた足が重くなり、その後は1km毎に予定より1分くらい遅い走りになり、結局は私の時計で3時間3835秒でした。

このコースはほとんどアップダウンがなく、寒いのが苦手でなければ自己ベストを出すのに最適のコースだと思います。福知山マラソンの最後の1km余りの上りがあれば、今回 40分を超えていたでしょう。

ということで、やはり「長い距離を走るためには長い距離を走る練習をすべし」、というのが教訓です。それとお腹がすいてくるとスピードが落ちることも分かりました。給水・捕食ポイントは結構あるのですが、もっと飴をたくさん持っていくべきだと思いました。

まあでも、残り数kmは肩が詰まり(乳酸がたまっている??)足が動かず、そんな状態でよく完走できたなと思います。自分で自分を褒めてあげよう。ちょっと甘い?

2011年2月 5日

医療

地域医療-再生への処方箋-を読む

城西大学経営学部マネジメント総合学科伊関友伸准教授の名著です。20091125日に初版が発行されているのですが、私はこの年末年始に読みました。第一章の「なぜ自治体病院の経営は崩壊するのか」に始まり、奈良県(第二章)、沖縄県(第三章)、夕張市(第四章)、兵庫県丹波市、千葉県山武地域(第五章)の状況から課題、教訓を導き出し、第六章「まちの病院(医療機関)」をなくさないために必要なこと、第七章自治体病院の「赤字」について考える、へ続きます。

なぜ自治体病院の経営は崩壊するのか? 「お役所病院」「お役所組織」の病理にあります。「医療や病院経営の専門家でない市長や行革・財政担当が権限(お金)を握っており、行政の論理で意思決定を行うという、自治体病院の運営の弱点」「県庁に病院のプロがいない」「病院に愛着もなく2~3年で異動してしまう職員」と容赦ありません。「総務省ガイドラインは病院財務の改善に関心が行き過ぎている」と国のあり方も批判し、必要な「ニーズ」ではなく欲望のままに「ウオンツ」を押しつける「地域住民」へも苦言を呈しています。

解決法については、「再生には教科書的な答えはない。現場での実践の中で、解決策を模索していく以外にはない」と明快です。「行政が机の上で絵を描き強制的に進めてもうまくいかない」「大事なのは『現場』」「現場で働く医療スタッフの同意、特に医師の積極的な賛同が必要」「現場の職員が本気になる必要がある」と現場の大切さが繰り返し出てきます。運動団体へも「現状維持を唱えて反対するだけでは・・・地方独立行政法人どころではなくなる可能性もある」と厳しい指摘をし、医療だけでなく、福祉、健康づくりを一緒に行う本当の意味での「地域包括ケア」の重要性を述べています。

「地域で医師を育てる以外にない、住民の協力、医師が働きたくなるような地域や病院をつくらなければ医師は勤務しない」、医師にとって来てよかったと思える環境づくり(勉強できる、達成感がある、報われる)は決定的に重要です。これは看護師をはじめとするコメディカル全体に当てはまるでしょう。すぐに診てもらえる利便性だけで夜中に病院へ行き医師を疲弊させる「コンビニ受診」をやめようと住民自らが運動をしてきた「県立柏原病院の小児科を守る会」の活動は高く評価されています。もちろん「病院自体が(大学に頼るのでなく)自前で医師を養成する」覚悟を持つことは大切なのですが、「住民が住民に対して働きかける」「地域の医療は地域の住民が守る」ことの重要性は繰り返し強調されています。

それでは行政の役割は何でしょうか? 財務の視点しかなく「選択と集中」だけを強調する「総務省ガイドライン」を批判し、「医療費全体の底上げ」「相当額の税金を医療に投じる覚悟」を求めています。

著者は、新しい「まちの病院(医療機関)」像を再定義し、医療だけでなく福祉や健康づくりとの連携を考え、効率的な質の高い、やりがいのある、住民を当事者とした病院(医療機関)としています。地域の実情に応じた「まちの病院(医療機関)」を、既存の施設の活用も含めてつくっていくのが行政にもとめられているのでしょう。そのために著者は、まずは「行政が医療スタッフに歩み寄る」こと、行政と医療者の「共通言語は『質の高い医療』」であり、首長のリーダーシップ、「医療政策担当課や自治体病院担当課の能力(専門性)を高める」必要性を述べ、住民に「当事者」としての覚悟を求めています。

何でも民間頼みでなく、「自己変革を行った自治体病院を含めた様々な経営主体が混ざって切磋琢磨することが適切」「民間病院と自治体病院などの公的病院が共存して競争していくことが結果として地域の医療の質を向上させる」という考えに私は共感します。

「健康づくり政策によって、国保医療費が軽減された結果、自治体病院の患者が減少して収益が減少しても、行政全体としても大きな問題はない」と著者のスタンスは明快です。「自治体病院のオーナーは最終的には住民」「その時必要なことは行政の情報公開」。

この本を読み、崩壊した医療を再生させていくために、医療者、地域住民、行政それぞれが共同しなければならないこと、医療者、地域住民の主体的な力が発揮できる環境づくりの重要性を感じました。それはまちづくり、民主主義の前進にほかなりません。あらためて、「一人ひとりの能力が最大限に発揮できる社会が最も効率的」という私の考えに間違いがないと確信をしました。

医療崩壊に苦しむ地域に住んでいる方々、運動団体の方々に是非読んでいただきたい本です。

2011年1月30日

院長日記

松原先生

2011年1月23日

院長日記

日本林業再生の道PartⅥ

今日キャンパスプラザ京都で行われた「日本林業再生の道PartⅥー循環資源としての森林の育成と木材の利用ー」に参加してきました。200人くらい参加していたでしょうか。盛況でした。

主催は「森林・木材・環境アカデミー」「NPO法人才の木」「NPO法人京都・森と住まい百年の会」。私は「林業女子会@京都」のツイッターで見てこの催しを知りました。3時間半の長丁場でしたが、興味深い内容で飽きさせませんでした。様子はUSTREAMで配信されています。

基調報告は、森林・林業基本政策検討委員会座長の岩手大学岡田秀二教授。「森林・林業再生プラン」の基本的な考え方が述べられました。成長戦略としての林業ですが、強調されていたのは、環境・グリーン、地域づくり、仕事おこし、政府の関与などです。日本の人工林43%、世界は5%。これを維持していることは重要。「プラン」そのものは、10年間をメドにしているため、森の路網整備、集約化、人材育成を軸に、林業経営の基盤づくり、木材供給・利用体制づくりを行い森林林業を再生する指針となっています。

パネル討論会のパネラーは、「林業女子会@京都」が関与しているせいでしょうか、3人全員が女性でした。実際に林業を行っている人、木材を利用する建築設計士、地域材を循環させるNPOで活躍する人。3人ともパワフルに各分野で頑張っていました。木をつくるのに250万円かかるのに売ると90万円にしかならない現実を岡田教授に迫るなど、現場の人ならではの疑問を呈しつつ、3人とも森林や木材の大切さを深く理解していました。

私は昨年「プラン」が発表されたときに、このブログにコメントしたことがあります。木材自給率50%を目指すことなどは評価しつつ(できれば100%を目指すべき)、「外材に打ち勝つ国内林業の基盤を確立」「やる気のある森林所有者・林業事業体を育成」という表現が気になると書きました。

今でも同じ思いですが、現場で頑張っている人たちの生の声を聞くことができたことは大きな成果でした。政権交代したものの、現政権がフラフラしている現状を見るにつけ、地に足をつけて頑張る人たちが大切だと思うのです。基盤整備、やる気を失わせないことなど、もう一押し支援したいものです。

ところで、なぜ医師である私が林業なのかって?

昨年京北、美山などの木を見て、将来が心配だったからです。

「林業はいずれはビジネスになる」と信じて頑張っている人の発言は忘れられません。「石油には限りがあるが、木材にはない」

目の前の利益追求でなく、林業のように50年、100年先を見通すことが必要です。地球の歴史とまでは言わないけれど、人類の歴史を見ても、50年、100年はほんのわずかです。

2011年1月14日

院長日記

高校時代の同窓会

ちょっと季節はずれ(?)の同窓会。中国で活躍している我が高校時代ラグビー部キャプテンの一時帰国にあわせて行われました。今日は気合いを入れて早朝出勤、17:14に病院を出て、17:19の出町柳発淀屋橋行きに乗って大阪へ、ギリギリ間に合いました。

校長、税理士、大学教授、自治体職員、医師、歯科医師、保険外交員など10数人が集まり、ワイワイ盛り上がりました。高校時代の恥ずかしい話もありましたが、医療相談の真面目な話、仕事の話、子どもの話、親の話、妻の話・・・、若い時代を共有し仕事は違えど同じ年代を生きてきた連帯感のようなものを感じました。

我がキャプテンは「中国で儲ける」という本の実業家の1人として出てきます。国は違えどハートで勝負、という彼のいい面がでていました。本の内容は、あくまで中国の一面を示しているものと理解しておく方がいいようですが・・・。

一番ビックリしたのは、関西広域連合に関わった同級生がいたこと。高校時代も別クラスで、今回初めて話しましたが、橋本大阪府知事に全面賛成という感じでした。地方の基礎自治体を重視している、趣旨は府と政令指定都市とのダブリの解消。地域住民の主体性を引き出すためにダブりの解消は必要。と言いながら、大阪の市町村合併はほとんどなかったのはおかしい、とも言います。京都府の市町村合併でよかったというところは1つもないと話すと、それはそう聞いていると肯定します。ちょっと一貫性がない感じ。

本当に地方の基礎自治体が大切だと考えるなら、こうした基礎自治体の財政削減はしないと明言しなければ納得されない、と話しましたが、結構飲んでいる席でどれくらい通じたかどうか。

いろいろありましたが、もう1人京都へ帰る同窓生と電車の中で、「ちょっと元気をもらったね」と確認できたミニ同窓会でした。

2011年1月10日

医療

医療制度と医療内容

地域医療は再生する」。洛和会音羽病院松村理司病院長が編集された力作を読みました。

最近は「医療崩壊」について取り上げられることが多くなっていますが、本書は医師の立場から現状と解決法が述べられています。

そしてそのカギとして「病院総合医」(=臓器専門医でなく総合的に患者を診る医師)の役割を重視しています。あとがきに「医師の絶対数が同じなら、総合医が多く専門医が少ない構造の方が、その逆より病院崩壊を来しにくい。また病院再生につながりやすい。特に専門特化していない中小病院において」と書かれていますが、そこに松村医師の思いが集約されています。氏の病院で、救急、他科の手伝い、感染症対策、医師養成、医療安全と、総合医が果たしている姿が描かれています。

日本は中小病院が多く、今後超高齢社会を迎えるため、総合的な対応が求められるという指摘、病歴聴取、身体診察を重視し臨床推論を行い、簡便・迅速・低侵襲・低価格の検査、治療を行うという総合医の考えに、私も同じ意見です。

これまでよりは、専門医よりも総合医、家庭医志望の医師が増えており、私たち民医連も実践的には以前から、今は意識的にその養成に取りくんでいますが、まだまだ少ないのが実態です。もちろん専門医の役割は重要であり、その力を活かすためにももっと総合医を、というわけです。

地域包括ケア、病院の集約化、医師数をどれくらい増やすべきか、などさまざまな医療政策が論じられており、それぞれ大切な課題ですが、医療の中味、担う医師がどうあるべきかは、もう一つの大切な論点です。

本書では、主に病院内での役割を中心に書かれていますが、超高齢社会のもとで私は在宅や施設での医師・医療の役割が増大してくると考えます。これまで以上に認知症や障がいを持ち、癌にかかる人が増えるわけですから、リハビリテーション緩和ケアの必要性が大きくなってきます。地域住民やコメディカルスタッフと一緒に、生活の場で適切な医療を行える医師が求められると思うのです。

時代の転換点、経済をはじめあらゆる領域で従来の枠組みを超えた取り組みが求められていますが、医療(介護、福祉を含めて)にも当てはまると言えるでしょう。

ところで、この本の中である医師が、「現在医師不足を抱える地域にそれぞれ『臨床推論を教育することのできる総合医』を派遣すれば、3〜5年でその地域に医師がある程度集まり、それによって医師数の地域間格差を是正できる可能性があるのではないか、とすら考察できる」と書いています。京都府内でもそうした病院がでてきていますが、もっと加速し地域間格差をなくしていく必要があると思います。

2011年1月 4日

院長日記

ジョギング通勤始めました

昨年12月の後半からジョギング通勤を始めました。往復6km弱(ちょっとさばを読んで6km)、12月は10回走りましたので60km。今年はすでに3回走り、しかも今日は会議などのため10km以上走ったことになります。


直接のきっかけは、福知山マラソン京都ランナーズのメンバーに月300km走らないと十分な練習量ではないと言われたこと。いろいろ考えてみたものの、1月の仕事は忙しく、2月6日の木津川マラソン42.195km)は申し込んでしまったし、寒いと手足が冷たくなりとても長距離は走れないし、・・・。

そこでジョギング通勤です。片道3kmなのでそれほど手足の冷えがこないし、寒いのであまり汗をかかないし、毎日のことなのでそれなりに距離は稼げます。

問題は、朝は朝食を食べたばかりで帰りは空腹、町中なので空気が悪い、暖かいと汗をかき後で体が冷える、そして何よりもこんな細切れな走り方で本当にフルマラソンが走られるのか?

結果は2月6日に分かるわけですが・・・。

2010年12月23日

院長日記

国がすすめる「地域包括ケア」について考える

「国がすすめる『地域包括ケア』について考えるシンポジウム」、当直明けではありましたが、眠くなることなく興味深く聞いてきました。

国の考え方は、「『地域包括ケア研究会報告書』の公表について」「介護保険制度の見直しに関する意見」にあらわれています

主催者である京都保険医協会によるプレゼンテーション「国がすすめる『地域包括ケア』について考える」。岡崎祐司佛教大学教授の基調講演「高齢者のケアと地域生活保障」。

「おおむね30分以内の日常生活圏において、医療・介護のみならず、福祉・生活支援サービス等が一体かつ適切に相談利用できる提供体制」の考え方は肯定しつつ、財政問題を出発点にしていること、介護保険は市場万能論でケアの原則がゆがめられていること、公(おおやけ)の役割が後退していることを指摘し、マクロ的には「新自由主義から新福祉国家へ」の道が必要であることが強調されました。これは社会保障憲章・社会保障基本法につながるものです。

シンポジウムでは、「認知症の人と家族の会」が、要介護認定の廃止等の提言、心のケアの重要性を指摘。開業医の立場から、介護保険の限界、医療現場の赤裸々な報告。区社会福祉協議会から今の取り組み状況と地域差の報告。自治体ケースワーカーは、介護保険前後、2006年地域包括支援センター前後で、いかに行政の役割が後退したか、今後の求められる役割について指摘。地域包括支援センターから、求められる地域支援と介護ケアマネジメントに忙殺される現実について報告。

フロアーから、特別養護老人ホームの今後(施設の重要性、ここにも市場原理がきている現状)、京都新聞「ひとりじゃないよ」連載について指定発言。

残り時間数分のところで、2人のフロアー発言。共通していたのは、考え方・理念と現実のギャップ。地域包括ケアは具体的に誰がやるのか? 行政をどう引っ張り出すのか? 介護保険利用者は今適切なサービスが受けられないことを切々と訴えていました。国・行政の責任を追求しつつ、どうしたらいいのか、何とかしてほしいという思いが伝わってきました。

時間切れでシンポジウムのまとめは、原理を変えないと公の責任は引き出せないというものでした。確かに介護保険が社会保障・福祉のあり方を大きくゆがめてきた(応益負担や現金給付)のは事実ですが、すでに定着しており現実から出発するしかないのではないか、と私は感じました。特に今は財源をどう確保するかが大きな問題になっており、現実、国民の意識、財源の絡み合いで物事は進みます。

要は力関係、と言ってしまえば身も蓋もありませんが・・・。現実を直視する中で改善点も見えてきますし、進む方向の目標として社会保障憲章・社会保障基本法のような理念がある、と複眼的に構えることが必要なのではないでしょうか?

また財源については、格差の大きな社会ほど絆(きずな)=「ご近所の底力」が損なわれるわけですから、応能負担がもっと強調されるべきだと思います。

最後に「地域包括ケア」についてですが、全国国民健康保険診療施設協議会(国診協)の「地域包括医療・ケア」「地域包括ケアシステム」の方が歴史があり、医療の役割を強調し、健康づくりまで視野を広げ実践しており、すぐれていると考えます。今年全国国保地域医療学会へ参加して特にそう感じました。

2010年12月18日

院長日記

「早川一光のばんさい人間」で話してきました

今日のKBSラジオ「早川一光のばんさい人間」で、朝7時半から8分間話してきました。今日は38人の聴衆がスタジオにおられ、和気あいあいとした雰囲気がただよっていました。

7時半の時間は「KBS京都アクセスクラブ」の提供するコーナーで、京都民医連(民主医療機関連合会)もこの「クラブ」の会員なので、今回民医連のことを話して下さい、という依頼でした。私は京都民医連が会員であることも知りませんでしたが・・・。

事前に打ち合わせはあるのですが、以前対談した時も打ち合わせと関係のない展開になったので、流れに任せることにして臨みました。しかし・・・、

意外と早川先生の突っ込みが少なく、ほぼシナリオに沿った話になりました。

民医連て何ですか?ー

医療機関にかかるのが難しかった時代、「自分たちの病院、診療所を作ろう」という運動が全国各地で起こり、そうした病院、診療所が集まって民医連という組織を作りました。京都民医連には、5病院、30診療所、多くの介護事業所などがあります。

ーどんなことを目指しているのですか?ー

無差別・平等の医療と福祉の実現です。自分たちも頑張るし、日本全体で実現できるよう制度の改善などの運動をしています。

ー具体的には?ー

無差別・平等の精神から、差額ベッド代はとっていません(会場からホ〜という声)。それと無料低額診療制度をしています。医療費を払うのが困難な低所得の人に、窓口負担を無料にしたり減額したりする制度です。

これは民医連だけでなく、いろいろな医療機関が京都府内でも実施していますので、お困りの方は是非問い合わせして下さい。

ー利用者は増えていますか?ー

構造改革が進められ、派遣労働自由化、非正規雇用の増加などで格差が拡大し、貧困という言葉があらためて注目されだした頃から増えています。

ー持ち出しだから経営を預かる身としては大変でしょう?(早川)ー

いや、本当に大変です(笑)

ー保険証を持たない人も増えているとか・・・ー

高すぎる国民健康保険料が納められないため、保険証を持てない人は窓口で全額負担しなければなりませんので、よっぽどでないと受診しません。保険証があっても3割負担なので受診しづらいのです。いよいよとなって受診したときには癌の末期で手遅れ、そんな事例をたくさん経験しました。

ーラジオを通じて伝えたいことは?ー

「社会保障は権利だ」ということです。ヨーロッパでは医療と大学卒業までの教育は基本は無料です。それを踏まえたうえで財源の話をすべきです。あらためて「お互いさま」と言う言葉の復権が必要だと思います。「金のある者は金を、力のある者は力を、知恵のある者は知恵を」ということで共同体は成り立ってきました。財源は金のある企業や高額所得者が負担し、大きな財源で社会保障を充実させることが必要です。

ーでも企業の税金は安くすることが決められて、困りますね(早川)ー

そう思います。

高齢社会に向けて、地域の力、「ご近所の底力」が求められますが、そうした力を持つ地域はどんなところかということが研究されてきました。結果は、格差の少ない地域ということになっています。そういう意味でも力のある企業やお金のある人が財源を負担して格差をなくすことが大切なのです。

ーホームレス支援もされるのですね?ー

12月26日(日)10時〜13時に九条診療所で、医療・生活相談、炊き出し、支援物資の配給などを行います。ご協力お願いいたします。


こんな感じだったと思います。

高校の同級生から、「民生委員1年生の時、ご高齢者の方々の気持ちを少しでも理解でき関り方の参考にしてくださいと早川先生のご本の紹介があり、回し読みしました。この番組、早朝からなのに何人もの民生委員さんが聞いてらっしゃるようでした」という情報をいただきました。

民生委員の方が聞いている、というのは初めて知ったのですが、早川ワールドで楽しみながら、そういう方々に役に立つ情報が一杯の番組だと感じました。

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